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合祀名簿より

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 9日(水)03時16分37秒 p184159-ipngn200601sizuokaden.shizuoka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.43[元記事へ]

若獅子の塔合祀名簿より
第四期生 五区隊 守屋 末治
で記載がありました。
私への直接メールの場合は
ahinata@lilac.ocn.ne.jp
まで。

管理人:日向
 
 

訪問させていただきます

 投稿者:熊谷啓明  投稿日:2017年 8月 9日(水)00時41分18秒 fp76f03d7c.knge212.ap.nuro.jp
返信・引用
  はじめまして。神奈川県鎌倉市の熊谷と申します。
母の従兄が昭和17年ごろ志願し少年戦車兵学校で学び、沖縄で亡くなったと聞いています。名前は及川章一だと思います。
志願した時、家族は猛反対だったそうです。訓練中の情報は一切なく、どこで何をやっているのか分からなかったそうですが、偶然アサヒグラフの表紙に戦車から顔を出している写真が使われたそうです(図書館で調べましたが、今のところ見つかってはいません)。その後、東京の渋谷にある私の祖父(章一さんの叔父)を訪ねて来たそうなのですが、家族は外出中で、しばらく家の前で待たれていたそうですが、誰とも会えずに帰ったそうです。その後間もなく戦死したそうです。きっと、戦場に行く前に休みをもらい、新潟の実家に戻る時間がなかったため、仲の良かった親戚を訪ねたのだと思われます。
母はよくその話をしてくれましたし、未だに彼の写真を大切に保管してます。母も高齢なので、なんとかアサヒグラフを探したいと思っているのですが、時間がかかりそうです。
若獅子神社にもいつか訪れたいと思いつつも、なかなか機会が機会がなかったのですが、8/10に母を連れてお伺いしたいと思っています。見学させていただき、二度と戦争の悲劇が起こらないよう、祈りたいと思っています。
 

(無題)

 投稿者:盛岡市在住の一市民  投稿日:2017年 8月 8日(火)08時46分54秒 sp1-75-231-179.msb.spmode.ne.jp
返信・引用
  どうぞ宜しくお願いします。  

Re: 家族のもとへ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 8月 8日(火)07時33分1秒 p379048-ipngn200407sizuokaden.shizuoka.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.41[元記事へ]

管理人です。
会員名簿で確認してみます。
 

家族のもとへ

 投稿者:盛岡市在住の一市民  投稿日:2017年 8月 6日(日)17時48分37秒 sp1-75-199-210.msb.spmode.ne.jp
返信・引用
  岩手県遠野市の工事現場で次のような物を発見して保管しています。横30×縦40の銅板に以下のように印刷されています。若獅子 陸軍少年戦車兵第四期 戦車十三連隊 陸軍軍曹 芝末治(現 守屋) 昭和18年18才  。御本人の顔が印刷されていて額縁には入っていません。御本人が御存命ならば、家族の基にお届けしたいです。報酬は望んでいません。
 

Re: 講座の開催について

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月25日(水)07時14分53秒 p388008-ipngn200407sizuokaden.shizuoka.ocn.ne.jp
返信・引用
  佐野様

管理人の日向です。
お返事遅くなりましたが後ほど電話で連絡させていただきます。
 

講座の開催について

 投稿者:西富士図書館長  投稿日:2017年 1月24日(火)12時07分48秒 gateway.city.fujinomiya.shizuoka.jp
返信・引用
  私は昨年4月から西富士図書館の館長をさせていただいている佐野勝英と申します。イベントなどを職員が行っても地域と関連したものがありません。上井出に戦車学校があり、富士宮の北部も大きく戦争と関係していたことを小学校の頃聞いたのを思い出し、あれだけの被害を受け敗戦した日本も最近テロの心配が心をよぎる時代に動いているようにも感じられます。家の父も横須賀の海軍で戦艦を作っており、その兄はやはり海軍で戦死してしまいました。この上井出地区でも戦争に大きく関係していたことが、風化しつつあるように感じます。このようなことから2月18日(土)午後1時30分から「西麓の開拓の歴史」という題名で、戦車学校のことにも触れ、平和の大切さを皆さんに理解していただこうと考えております。もし、資料など少しでもいただけるものがあれば幸いです。電話54-2020よろしくお願いいたします。

 

少年戦車兵学校 2017/1/7

 投稿者:諸澤 正明  投稿日:2017年 1月 7日(土)21時37分56秒 p805037-ipngn9001hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  2017/1/7卒業した元少年戦車兵に偶然本殿前で話を聞きました。造営はすべて元少年兵の生存者200名と教官による寄付でいまでも、個人のポケットマネーで維持しているそうです、市、国、神社庁からも援助がないそうです。今の遺族も少年兵も90才以上 当時の学生は17才から19才で卒業して、満洲、サイパン島などで戦死したため、子供などがおらず、今後の神社の維持が心配だと言ってました。昭和天皇の勅令で造営した神社全国では千鳥が淵と二か所だけだそうです。海岸に破壊されて30年海水に浸かっていた戦車、内部から遺骨と軍刀が見つかったそうです、靖国神社に保管された戦車は山上に放置されていて立派な状態だそうです。ここの戦車の右後方の誘導輪は手で回ります、十分にグリスが内蔵されていたためだと言ってました。ぜひ本物の戦車を見て弾痕を見てください。昭和17年製 空冷v型12気筒の国産デイゼルエンジン。教官は神奈川大学などの先生だそうで大変厳しかったそうです。整備、砲の射撃、無線など、2年間で教育は大変で、戦地では20才以上の兵士を教えなければならなかった。製造は三菱、日立、岡村製作所(ミッション)前進4段+2段(高速低速) 後進2段+2段(高速低速)エンジンオイルのラジエターも付いていたそうです。  

拙著について

 投稿者:Big Muski  投稿日:2016年 5月13日(金)19時59分8秒 google-proxy-66-249-82-95.google.com
返信・引用
  管理人様へ

返事が遅くなりました。土木機械写真貼の藤井と申します。
この度は拙著へのご意見、ありがとうございました。

画報ですが、無料公開されている『建設の機械化』のバックナンバーより興味のある記事を抜き出し再編集したものです。
Pdf化された雑誌の入手先は下記リンクです。目次は国会図書館のデジタル資料を参照して下さい。

http://jcma.heteml.jp/bunken-search/?page_id=12661

取り急ぎ要件まで
 

DVD PRについて

 投稿者:伊東啓二  投稿日:2015年 9月13日(日)21時03分4秒 nz090.net219112171.thn.ne.jp
返信・引用
  日向様お世話になっております。ご無沙汰しています。今年はNHKを始め、地元静岡で陸軍少年戦車兵学校の歴史を紐解く特集番組が制作され当方へもDVDの問合せが数件あって関心を持ってくれる人たちがいるんだなと少し頼もしくなりました。また、8/15日には若獅子神社にしばらくぶりに参拝しました。変わらずに普段作品のPRをして頂いてありがとうございます。お陰様でまだまだ結構注文があります。これからも宜しくお願いします。
ビデオアースケーツー
伊東啓二
 

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