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現実の向こうに見ようとするもの

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年10月15日(日)23時18分29秒
返信・引用
  「ローサは密告された」見ました。見て圧倒されたんですが、実はよくわからんかったんです。
迫力はすごい。写される一つ一つが、紛れもない現実であろうと思わせる。あの奇怪な取調室(本来の警察署との関係は文字どおりわからなかったんですが)、そこで急きょ催される宴会、都市スラムの雑踏からなぜか生み出される5万(ペソ?)、何より主演のジャクリン・ホセの視線の強靭さ。願望も憎しみも映らない、ただ現実と可能性だけを凝視している視線の強靭さは、強く印象に残りました。
それでは何が、と言えば、これが今の現実そのままであるならドキュメンタリーであるはずで、劇映画であるからには、現在ある実体の向こうの、監督が見ようとしているものが作りこまれているはず、それがぼくには見えないということかなと思うわけです。1日半ほどの時間の中で人の生き死にに関わりかねない「小」事件が起こり、裏切りやら暴力やら男娼やら融通やらがあって、かき混ぜられた油の海のようにすぐ元の姿にねっとりと戻っていく。ぼくにはそう見えるのですが、その現実を写し取ること自体が、その先にある何かを指し示しているということなのでしょうか。その場にいるものには明らかに見えていて、ぼくには見えていないということかもしれませんが。
とはいえ、圧倒的な何かを見せられたということは確かです。ありがとうございました。

行った機会にシネマ・クレールの浜田さんに話しかけてみました。
中野「ぼくはあまり映画を見ない者ですが、知人に勧められて先日からお宅で何本かの映画をうんぬん」
浜田「どんな映画を勧められたのですか」
中野「『ローサは密告された』とか『彼女の人生は間違いじゃない』です。今回実は、とてもいい映画があるけど岡山で上映予定がないので、シネマ・クレールでやってもらえと言われましてうんぬん」
浜田(中野がプリントしていったゲストブックを一目見るなり)「スイス・アーミー・マンですね。配給会社の関係で私どもの館ではできないんです。人気も出ているみたいなんですが、うちでは難しいですねぇ」
中野「あ、それわかりました。いや、一番お伝えしたかったのは北海道にもこの館のことを知っている人がいるということで(以下意味不明瞭の発言少し)」
悪い癖であわてて肝心のところを抜かして話したため、浜田さんには何のことかわからなかっただろうと思います。

ところで平井正也なんですが、10月30日のドッグスターは北の大地ツアーの皮切りのようです。10月31日札幌161倉庫、11月1日小樽Bar BONZ、11月2日苫小牧Bar old、11月3日札幌カエルヤ珈琲店。ご参考までに。

>我々は直接に会う以上の出会いを深めていますね
   ↓
ありがとうございます。しかしぜひ一度はお会いしたい!わたくし、いまだ津軽海峡を越えたことがないんですが、いつか北の大地にて大兄と、根の暗い話をしたいものだと思っております。
 
 

平井正也の札幌ライブ会場、訪問記♪

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 9月28日(木)11時43分44秒
返信・引用 編集済
  Single pigeon through Mr.中野真吾
>大兄のおすすめに従い「ローサは密告された」見に行きます!

■日本における、ほとんど全ての映画の上映日は、東京が一番先なので、
私は東京に住む知人から、「あの映画が良かったよ♪」的アドヴァイスをもらったり、東京で絶賛上映中のメディア批評などを参考に、
北海道で上映される日を楽しみに待つのですが、
私には今まで岡山県に住む知人がいなかったので、
なんと!
日本の映画の上映スケジュールが、
東京→北海道→岡山県
っー順番だとゆーことに、中野さんとの交流で知りました(笑)。
最後に上映される、ってーのは不利なよーで、むしろ、中野さんの映画鑑賞ボリュームであれば、
東京で絶賛上映中のメディア批評→共犯映画批評→中野さん
のフィルターが良品を無駄なく観れるアドバンテージかもしれませんね♪
お互い、イナカに住んでいて良かった(笑)♪
で、『ローサは密告された』がまだ上映されていない岡山県への、さらなるお次のリコメンド映画ですが、
昨日、私が札幌へ仕事で行ったついで(?)に映画を3本観たのですが、
やっぱ、映画館で観たい♪『少女ファニーと運命の旅』はマトメ過ぎ、やっぱ、映画館で観たい♪『プラネタリウム』はとっちらかり過ぎ、やっぱ、映画館で観たい♪『スイス・アーミー・マン』はとっちらかり過ぎがおもしろ過ぎ、でしたので、
てなわけで、今回の司令は、究極の超☆自然エネルギー=屁?『スイス・アーミー・マン』を観よ!なんですが~。
なんせ、あの『ハリーポッター』=ダニエル・ラドクリフがオナラと勃起(がくっ。)しっぱなしの死体(!)の役!とゆーある意味、ゾンビ映画なのか?でも、ちがう~。
その相棒は、『Love & Mercy』で60年代のブライアン・ウィルソン(!)の役をやったポール・ダノが引きこもり&むっつりストーカー役!変態映画か?でも、ちゃう&ちゃう~。
とゆード室内コンビなのに、映画の舞台は、超☆室外のみ。とゆー、私の脳味噌には既成概念とゆー概念は無い、な映画です。
そも&そもタイトルの意味は、万能ナイフの「スイス・アーミー・ナイフ」をもじったんですねぇ。
万能な死体。・・・あはは。これから観る人がうらやましぃー。が、
しか・・・・・・・・・死?かし、
この映画、岡山県での上映は今のところ決まっていがーーーーーーん!ないらしい!!!
中野さんのご近所であれば、
絶賛上映中! 兵庫『TOHOシネマズ西宮OS』&『シネ・リーブル神戸』か、
11月4日(土)~2週間限定公開 愛媛『ユナイテッド・シネマ フジグラン今治』  0570-783-226 、ですね。
てか、この機会に(?)中野さんから、岡山県『シネマ・クレール』の浜田高夫さんに『スイス・アーミー・マン』の上映を、けしかけてください(笑)♪
「ハリーポッター映画だから、老若男女、千客万来っすよ♪」とか、セールス・トークで(笑)。

>ぼくも「おせっかい」をさせていただきますと、10月30日に札幌市中央区のドッグスターという店でライブ

■いやぁー、私、平井正也も、彼のバンド♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die「マーガレットズロース」も知りませんでした。
ググれば、よだれがでます。
影響を受けた音楽どころか、「友部正人、早川義夫、遠藤賢司」と一緒のライブを企画&実行している行動力も、すてきだ!
こーして、お互いに魅力的なものを伝え合えれば、我々は直接に会う以上の出会いを深めていますね。ありがとうございます。
ご案内の10月30日(月)は、私にとっては、まだ&まだヤミ米の繁忙期なので、ふつーならば時間が作れないのですが、
スタートが8Pmと遅いから、仕事が早く終わればクルマをぶっ飛ばせば行けるかな?
てなわけで、昨日の札幌★仕事&映画ツアーの移動時に、彼らのライブ会場の
天狼星「ドッグスター」
北海道札幌市中央区南5条西5丁目
モモヤビル 8階
011-513-1180
に、行ってきました♪

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

平井正也を知る

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 9月24日(日)02時43分10秒
返信・引用 編集済
  大兄のおすすめに従い「ローサは密告された」見に行きます!

ところで大兄は平井正也をご存知ですか。
ぼくは知らなかったんですが、先日知り合ったセーネンに「友部正人のアルバムにも参加したマーガレットズロースというバンドのボーカルです。今度岡山でライブがあるんでぜひ」と言われて行ってきました。
予習にマーガレットズロースのHPを見ると、影響を受けた音楽として「友部正人、早川義夫、ボブ・ディラン、あがた森魚、遠藤賢司、渡辺勝…」まだ若いのに。
で、最高でした。テレキャスぶら下げての弾き語りで、一人ロックンロールしてました。歌詞は「夜は夜の不安になる/昼は昼の不安になる」(斜陽)とか「きみは嫌とは言わないけれど/ぼくを許してくれない」(いい夜だよ)とか「答えが先にわかってるのに問題が解けない」(夢の人)とか。
ぼくも「おせっかい」をさせていただきますと、10月30日に札幌市中央区のドッグスターという店でライブがあるようです。興味を持っていただけたら、ぜひ。
https://youtu.be/L8vT60MEUbA
 

壊れた家族の中から 俺を探し出すんだ 雑音なしの俺を

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 9月19日(火)12時55分42秒
返信・引用 編集済
  I have no answer for Mr.中野真吾 little lamb Dragonfly fly by my window♪
>久保さんとお話をするため(うわ、気もちわるう)見てまいりました。

■(笑)。
もし、まだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die三宅どじん伸也が生きている間に、私が中野さんと出会っていたら?とか、それを読んで少し考えました。
きっと、どじんは天真爛漫に、ご近所の中野さんに会いに行ってたでしょう。
そして共通の居場所、PEPPERLANDあたりでカレーを喰いながら音楽を語ったり、コーヒーを飲みながら『共犯新聞』を語ったような気がします(笑)。
私たちは、こうして間に合わなかったまぼろしを含めて生きているのでしょう。

>2週続けて映画を見るのは30年ぶりくらいでしょうか。

■先日、我が町にある自衛隊の式典で、新人の兵士がスピーチで、
「趣味は映画です。しかし、沼田町では映画は観れないので、自分は写真をやってみたいです。」
と、語っていました。・・・まぁ、私は沼田町に住みながら年間約100本の映画を映画館で観ているのですが(笑&がくっ。)。
先週末は、これらを観ました。

2017年9月16日(土)6:00Pm 沼田町を出発
札幌ファクトリー  8:50Pm~10:45Pm 奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール
         11:20Pm~ 1:40Am 三度目の殺人

2017年9月17日(日)
シアター・キノ 9:35Am~11:40Am パターソン
        11:55Am~ 2:15Pm ELLE エル
スガイ札幌劇場  3:40Pm~ 5:50Pm オン・ザ・ミルキーロード
        6:00Pm~ 7:55Pm ローサは密告された

2017年9月18日(月)
札幌ファクトリー 8:50Am~10:50Am ダンケルク
        11:20Am~ 1:45Pm 散歩する侵略者
                2:00Pm~ 4:15Pm エイリアン:コヴェナント

■この中で、圧倒的にすごかったのは、やっぱ、映画館で観たい♪『ローサは密告された』です。
安心してください。岡山県の映画館『シネマ・クレール』でも、10月14日(土)から上映されます(超☆おせっかいでしょ・笑?)。
今回は(?)3週間以上、間が離れるので、ちょうどいい(?)間隔ではないでしょうか(笑)。
私は、この映画を観る前は、今年のベスト1は『ハクソー・リッジ』か、『ダンケルク』かな?と思っていましたが、圧倒的に、今のところ『ローサは密告された』がベストです。
是非、中野さんの言葉で感想を読みたいと熱望♪

>修復できない。どうしようもなく壊れてしまう。家庭というものは本来的にそのような要素を内包している

■モノも精神も、あらゆるものは、壊れる、ではなく、維持されることによって、名付けられている、のだと私は考えています。
つまり、「壊れた」と嘆くのは、「維持されているだけである」前提を知らない奢り、のよーなもの。
社会が壊れた後にアナーキーがあるのではなく、アナーキーの中で選択されたごく少数の維持装置が、たま&たま、ある・だけ。
だから、その維持装置が愛おしくもあるんですよね。
ジャン・ジャック・ルソーの社会とか、家族とか、憲法とか、音楽のジャンルとか。
そして、たとえば、すごい本に出合った時、その本を自分の本棚のどの位置に収めるか、
で悩み、
結果、そのたった1冊のために本棚の本を総入れ替えしなければならない
のって、不幸じゃなくて、幸福ですよね(笑)。
そこに喜びを感じるひとと仲良くなりたい私(笑)。

>作者はなぜこの家庭を生み出したのか、このような回復を描くためにこの家庭を生み出したのならあんまりだ

■おお。すごい視点。

>宮藤官九郎、素晴らしいですね。背広を着こみ、ひげをそり、紙包みを持ってデパートの屋上に座っている姿が忘れられません。あの姿こそがこの映画全体の救済だったような

■同感。
この映画は、すべてが(悪い意味での)「重松清」的に「準備」されていますが、
まさに宮藤官九郎の屋上でのたたずまいは、「たった1冊のために本棚の本を総入れ替えしなければならない」爆発力がありますよね。

>9月15日の朝日新聞に「白人至上主義の病巣」というインタビュー記事

■私も読みました(笑)。
私は、学校ではまったく勉強はしなかった&興味がなかったことでも、
興味がある人が興味のサインを出したことには、徹底して興味を向ける≒勉強する(成績に反映されない。がくっ。)タイプです。
中野さんが、8月17日にfacebookでザ・バンドとからめて、
「アメリカでは、リー将軍の銅像撤去がきっかけで死亡事件まで起こってしまったわけですが、
ザ・バンドの ザ・ナイト・ゼイ・ドローブ・オールド・ディキシー・ダウンなんか、
どんな風に受け取られているんでしょうか。」

と、書き込んでいたことから、私の興味&お勉強の方向に、そこが加わっていたので、朝日新聞のこの記事も☆とーぜん読んだわけです。
そして、ああ、中野さんに、この記事を伝えたいなぁ、と想っていたのですが(笑)。

>パンク音楽を聴きに行ってネオナチと知り合う

■セックス・ピストルズのライブに、
ハーケンクロイツなどナチの図柄がファッション・アイテムになった時期があったか
らねー。
沢田研二が「サムライ」の時にマネして物議をかもしましたよね。
アレは、不快が演出する「たった1冊のために本棚の本を総入れ替えしなければならない」効果を狙ったのでしょう。
つまり、不快のパワーを利用した表現。
そして今、宮藤官九郎はハーケンクロイツに頼らずに表現できる爆発力を持っている。時代は少し、進化したのかな(笑)。
それでも、ストーンズにヘルズ・エンジェルがまとわりついたように、演出が見せた隙に入り込む虫ケラっていますから、ご注意。
■あと、時々、驚く(?)のは、日本のアマチュアでロックをやっている(と思っている)お方で、国粋主義者、自民党の支持者って、けっこー多いんですよね(笑)。
それって、ロックが持つ堅牢な形式主義や、男気(げー)、たよれるアニキ大好き♪的なムードから、なんでしょうね。
イギー・ポップの自由や、デビッド・ボウイの女気、早川義夫のもてなさぶりこそが、ロックなんだけどね。

>南部の人々にとっては、「南部が北部に打倒された戦争」

■ザ・バンドが表現したのは、違和感。
それは、「南部は北部よりも正しい」、とか言うことじゃなくて、勝者が歴史をフラットにしちまう多様性の死滅を嘆いた、のだと私は感じました。

>「負けた俺を助けることはあんたにゃできない」

■「負けた男の口惜しさは誰にも知られたくない」
と、書くと陳腐な浪花節ですが、これは頭脳警察の第一期ラスト・アルバム『悪たれ小僧』収録の「ひと粒の種になって A little bit of me」の歌詞の一部。
あの時代、ザ・バンドが聴かれたのは、70年代安保などの敗北の余韻から、も、あった・のでしょうか。
■また、ザ・バンドの「負けた」は、勝者とは違う価値である、とゆーことであると私は思うのです。そこが、この曲の本質のような気がします。

>まあ、この歌詞も実はよくわからないんですが。

■うんうん。すてきですよね。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

壊れていくもの

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 9月16日(土)10時01分20秒
返信・引用
  「幼な子われらに生まれ」見ました。集中力がないため映画は若干苦手としているのですが、久保さんとお話をするため(うわ、気もちわるう)見てまいりました。2週続けて映画を見るのは30年ぶりくらいでしょうか。
で、見終わって、久保さんが言われていた「良い予感」「悪い予感」どちらもよくわかりました。ともかく「家庭が壊れていく」ときのどうしようもない無力感が伝わってきました。この家庭は特に壊れやすくできているわけですが、そうでない家庭も、何かのきっかけで、あるいは特にこれといった原因もないのに壊れはじめていくことがある。あるところまで来たら、修復できない。どうしようもなく壊れてしまう。家庭というものは本来的にそのような要素を内包しているのだと思いました。
見ている途中で、この家庭は修復不可能だと感じました。それが回復していく過程には、正直少々無理があると感じます。(長女が家庭を離れて祖母と住もうとしているというあたりにきちんとした「眼」は存在するんですが)ただ、作者はなぜこの家庭を生み出したのか、このような回復を描くためにこの家庭を生み出したのならあんまりだと思うし、自分が生み出してしまった家庭を何とかして救済したい、どうすればそれが可能かと行き悩んだ末に行きついたものがあの終末部だったのなら、それはあれこれ言える話ではないと思います。
ところで宮藤官九郎、素晴らしいですね。背広を着こみ、ひげをそり、紙包みを持ってデパートの屋上に座っている姿が忘れられません。あの姿こそがこの映画全体の救済だったような、理由はわからないんですがそんな気がします。

話は全く変わるんですが(長くなってすいません)、9月15日の朝日新聞に「白人至上主義の病巣」というインタビュー記事があって、その中に二か所。
ピート・シーミー「過激な白人至上主義との出会いは、パンク音楽を聴きに行ってネオナチと知り合うとか、往々にして偶然です」
  ↑
いやあ、いつからパンクシーンはそのような場になっていたのでしょうか。パティ・スミスは、PILは、ポップ・グループは、スターリンは、アブノーマル・ストリッパーは……それともこのピート・シーミーという人がものを知らないだけなのかも知れませんが。

インタビュアー「各地に奴隷制を守ろうとした南部側の英雄像があります。撤去の動きが進む一方、撤去反対という米国民も多いようです」
ピート・シーミー「撤去すべきでないと考えるのは我々が事実と異なる歴史を教えられてきたから。南北戦争を戦った後、南部は合衆国に復帰して再建され、幸せになった。そういう歴史を教えられてきた」
  ↑
論旨がわかりにくいんですが、「実際には、南部は南部としての独立志向と有色人蔑視を失っておらず、それを知らない人間が、撤去しなくてもいいではないかと言っている」と言おうとしているようです。ところで、南北戦争が奴隷解放戦争だったのは確かでしょうが、南部の人々にとっては、「南部が北部に打倒された戦争」だったとしても不思議はありません。それらの人にとって、敗れた祖先の英雄であったリー将軍(ウィキネタでは彼は奴隷解放論者だったそうです)の銅像を撤去するというのは何を意味するのでしょうか。複雑な背景があるのでしょうが、ザ・バンドの「ザ・ナイト・ゼイ・ドローブ・オールド・ディキシー・ダウン」が大好きなぼくとしては、「ちがうだろー」とかつぶやきたくなるわけです。

「女房と一緒にテネシーに帰った/おる日あいつが俺を呼んで言う/早く来て見なよ、リー将軍が通っていくよ」とか「兄貴は18歳、誇り高く勇敢だった/ヤンキーどもは兄貴を墓場に寝かせちまった」とか「負けた俺を助けることはあんたにゃできない」とか「奴らが南部をのし歩いた夜/鐘が鳴り渡り/みんなラ・ラ・ラ・ラ・ラとうたいながら行った」とか。まあ、この歌詞も実はよくわからないんですが。
 

カタルシスを超えて

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 9月 6日(水)12時13分21秒
返信・引用 編集済
  Only one more kiss, I didn’t mean to hurt Mr.中野真吾♪
>解決や解消や回復を作り物っぽく見せてしまう

■村上春樹(笑)がデビューした1979年に私は高校3年生でしたので、彼は私にとって最初のデビュー作から読み続けている作家です。
彼の初期~中期の作品には、結論めいたものが無く、そこが弱点だ、と、多くの批判もありました。
その後、1971年生まれの伊坂幸太郎が21世紀になって活躍し始めると、伊坂の、あまりにも回収上手な物語の構築技術に、食傷気味になった向きも多いと思います。
村上春樹の「再」評価は、そんな「伊坂」的に対しての相対的な「再」発見であった、んじゃねーのかな?って、私はひとりで感じています。
■先日、私は久々に2本観た。『幼な子われらに生まれ』は、凡人から試される屈辱の彼岸、『ワンダーウーマン』は、勧善懲悪の超克。『幼な子われらに生まれ』を観てきました。
原作が重松清なので、観る前には、良い予感と、悪い予感がしましたが、両方の予感が当たりました。
「良い予感」は、現在を意外な部分から切り出し、それを複合的に積み上げてゆき、普遍的な問題を観客に気が付かさせる。
「悪い予感」は、中野さんが書いた「解決や解消や回復を作り物っぽく見せてしまう」、そのものです。
■「商品化」するためには、消費者にカタルシスを与えなければならない。
音楽ならばキャッチーなメロディーを。物語ならば分かりやすい結論を。
では、キャッチーって、分かりやすいって、何?
ってことなんだけど。
だから、私たちは宇宙の辺境『共犯新聞』ゲストブックで言葉を垂れ流している、んだけど。
我々が単独者のまま、安易なカタルシスに頼らずに、つながってゆく手法について、でした(笑)。

>なぜ主人公が回復できていないのかといえば、ぼくはそれが「若くて美しい女性だから」

■「若い」、「美しい」、「おんな」って(だけで)残酷なのですね。
喪失の落差が、負のエネルギーを生んだとしても、エネルギーはエネルギーである、とゆーもうひとつの残酷さ。

>元恋人

■この役を演じたのは、橋口亮輔・監督&脚本による2015年の映画『恋人たち』主人公の篠原篤ですよね。
がおー。『シン・ゴジラ』のキャスティングも素晴らしかったけど、
日本のマイナー映画で、いい仕事をしている俳優やスタッフが、次の映画にきちんと掬われてゆく、のって、いいですよねぇ。

>自分が憎むものに自分のすべてを奪われようとする不幸福な王女

■中野さん、さすがの洞察。
閉塞と疲労の果ての消費者用のカタルシスは映画の終盤に準備されてはいましたが、まずは、そこまで見せた力量は正確に評価したいですよね。

>シネマ・クレールの浜田高夫さん

■今回、中野さんに『彼女の人生は間違いじゃない』を観ていただきたくて、ネット検索で見つけた中野さんのご近所の映画館が、
岡山県のシネマ・クレールでしたが、やはり、地元のキー・パーソンなのですねぇ~。すげぇや。
しかも、つい今、私が話題にした『幼な子われらに生まれ』が、まさに今、上映中じゃないですか(笑)!

>音楽、漫画、映画、写真、ありとあらゆる分野

■まるで、『共犯新聞』(笑)。

>ここ何十年にもわたって岡山のわけのわからん連中のゴッドファーザーとゴッドマザー

■そして、あまたのゴッドチルドレンが岡山にうじゃ&うじゃ&うじゃ?

>同人誌を置いてもらい8ミリ映画を上映してもらい

■わっ。読みたい&観たい。

>弱いものに宿っているものが次の時代を変えてゆきます

■うん。
もっと正確に表現する言葉があるとは思いますが、そんな志を具体化&持続しているのは、希望ですよね。
やっぱ、東京以外オリンピック、だな。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

単独者

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 9月 4日(月)22時37分2秒
返信・引用
  先日、「一匹狼の文化人on岡山」という本が出ました。岡山で長年音楽や映画や演劇に関わってきた四人の人のインタビュー集で、写真はその表紙です。左下の人がシネマ・クレールの浜田高夫さんです。
ここで紹介したいのが左上の人で、能勢伊勢雄さんといいます。1974年にライブハウスPEPPERLANDをスタートさせ、そこを根城に音楽、漫画、映画、写真、ありとあらゆる分野に切り込んで行き、今も行きつつある人です。能勢さん夫妻は、言ってしまえばここ何十年にもわたって岡山のわけのわからん連中のゴッドファーザーとゴッドマザーです。
ぼくにとってペパーランドは友部のライブを初めて見た場所であり、早川義夫を知った場所であり、同人誌を置いてもらい8ミリ映画を上映してもらい、真崎守についてしゃべらせてもらい顔を見れば声をかけてもらい、ガロであり宮沢賢治でありコーヒーでありカレーであり…本当に頭が上がりません。
能勢さんは教養の範囲が無茶苦茶に広く深く、偏っており、残念ながらぼくなどには何を言っているのかわからないことも多いのですが、インタビューの中にとてもいい部分があったので無断引用します。
「私はクラシックとか現代音楽を聴きまくることはあえてしない。なぜかと言ったら、一番スノッブな、大衆的な、まあ俗にいえば下衆な音楽のなかにこそ、次の時代を変えていく力が一番鮮明に現れるからです。それは価値付けられてない、あるいは評価が乏しい、そうであればあるほど霊的な力に敏感です。その理由は、下衆な音楽をささえている人がやっぱり弱い人々だからなのです。弱いものに宿っているものが次の時代を変えてゆきます」
 

不幸福な王女

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 9月 4日(月)21時35分40秒
返信・引用
  「彼女の人生は間違いじゃない」見ました。そこにある現実の風景と、主人公の表情やそれが作り出す息苦しい空気感と、凄いものを見たという気がします。ありがとうございました。
もっとも、映画の最終盤、主人公を訪れる解決か解消か回復が唐突なものに思え、物語の筋としては理解できてもやはり腑に落ちないという気持ちは残りました(ぼくのピントが外れているのかもしれませんが)。つまりそれは、四分の三あたりまで提示され続けた被破壊のリアルさが、ほとんどの解決や解消や回復を作り物っぽく見せてしまうということなのだと思います。しかしもちろん、作品を作るうえで、解決等を提示しようとすることは義務のようなものであり、この映画はラストを含めて果敢な試みだったのだと思います。
主人公が昔、恋人に言われた「こんな時にデートしてていいのかな」という言葉が、主人公の今に至る心象を表しています。なぜかという理由を抜きにして、主人公は自分からすべてを奪わずにいられない。デリヘルの面接を受けた時の「しなくちゃいけないから」という言葉がそれをまっすぐに示しています。
おそらくこれは、震災直後に多くの人を襲った感情で、かなりの人が少しずつそこから回復していく途上にある。主人公はそこからまだあまり回復できておらず(あるいは回復を罪悪と感じ続けており)、それが父親や元恋人へのほとんど理不尽な反発として現れているのだと思います。
ではなぜ主人公が回復できていないのかといえば、ぼくはそれが「若くて美しい女性だから」なのではないかと思いました。死んでしまった人たちと同じところにたどり着くまですべてを失ってしまおうとするとき、すべてを奪われなければならない。その時の痛みは、多くを持って(持たされてしまって)いるものにとって、より激しいのではないかと思うのです。若くて美しい女性は、見苦しいヲッサンにくらべて、はるかに多くのものを所有して(与えられてしまって)いるわけで(「容姿に恵まれている」とかいいますよね)、それを身から引き離すために、彼女はデリヘル行きを選択せざるを得なかったということなのでしょう。
元恋人に「自分はいまサイテーなことを言っているか」と問い、「いやでしょ、デリヘル嬢が彼女だなんて」と言い、「こんなふうにしか」と言うとき、彼女はついに何もかもを失い、それが最終盤の転調につながって行くんだろうと思います。
そう考えると、デリヘルの舞台が東京だということの意味合いに思い当ります。福島でそれを行うなら、もしかしたら奪われつくした者たちに何かを与える行為になったかもしれない。福島を収奪し尽している東京で行うことで、自分もまた根底から収奪されることとなり、いなくなってしまった人たちと同じところまで落ちていくことができるということではないでしょうか。
つまり彼女は、苦しんでいる人に自分のすべてを与える幸福な王子ではなく、自分が憎むものに自分のすべてを奪われようとする不幸福な王女なのだと思います。この映画は、その不幸福な王女を何とかして笑顔にしたいという、果敢な力業だと思うわけです。
福島に行ったこともない自分がわかったようなことを書いて、とも思いますが、見終わっての素直な感想です。
 

表現に有効なのは、センチメンタルなのか、切実なのか。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月30日(水)22時26分51秒
返信・引用 編集済
  Mr.中野真吾 can't go wrong♪ Get on the right thing♪
>たくさんの曲を知るに至った自分が、ある特定の曲を選んでうたう

■もしも、この世の中に音楽が1曲だけなら。

>うたを作る

■岩谷宏が1982年に出版した単行本の副題に、「ぼくらに英語はわからない」、ってのがありましたよね。
その理由を彼は、「日本人の世界観とは全く相容れない観念だから」と書き、
「むしろ個々のもつあきらかな”ちがい”の方が、個々の真価につながり、相互尊重の基盤になるもの」と、書いた。
だったら副題は、「ぼくに君はわからない」のほーが、正確ですよね(笑)。
■1982年、私は東京で戸田康司と出会い、お互いバンドで「うたを作る」パンクスで、1983年のクリスマスに突然、連絡を取らなくなったんだけど、
それが&なんと&突然、facebookで「おともだち申請」(がくっ。)が戸田から来て、2016年5月4日に、
33年ぶりにそれでも私は再会
私がなぜ戸田と別れたのか?について、私は「私は戸田よりも、より切実だったから。」と、その時に説明(?)したんだけど、
33年後の今では「うたを作る」のは戸田のほうだけ、なんだけど(がくっ。)。
それでも、切実さは今も私の方が強い、とは思うけど、ではなぜ今、私は「うたを作る」ことをしないのだろうか?

>年寄りとは失うものをなくしてしまっている存在

■私の定義は、「年寄りとは再会できる存在」

>誰にもつながれないということを自覚している淋しさは、誰もが共有

■喪失と孤独の違い。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

年寄りは若者よりもセンチメンタルでいられるか

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月29日(火)23時09分59秒
返信・引用
  思いついたことを脈絡なく、書いてみたいです。

>「匿名」と「個性」の往復に、表現者は彷徨った果ての彼岸を、作品と名付けるのでしょうか。
   ↓
何かいいなと思える曲を聞いた時、その曲を口ずさむ~覚える~繰り返すという行為は、おそらく世界中で果てしなく繰り返されてきた営みであり、ジャスラックにも否定できない音楽の祖型だと思います。その曲を誰かに聞かせること、誰かと一緒にうたうことも、その曲をそっくり繰り返すということの中に成り立っていると思えます。ところで、たくさんの曲を知るに至った自分が、ある特定の曲を選んでうたうというのはどういう行為であるのか、いままで知らなかった曲を知って興奮し、それを誰かにうたって伝えるというのはどういう行為であるのか、それは自分がうたを作るという行為とどう関係しているのか。これは少しゆっくり考えてみたいです。

>ジジイの特権
   ↓
例の「Truth」の「長い時が過ぎた」という歌詞を聞いた時に、こういうことを説得力もって歌えるのは年寄りならではだよなあ、少なくとも若造がこんなことをうたっていても、年寄りの側では割り引いて聞いてしまうよなあと思いました。ところですぐに森田童子の「とても長い時が過ぎたのね」という歌詞を思い出し、このたぶんほんの1~2年である「長い時」、そこでどんなに多くのものが失われうるのかと考えてしまったわけです。そうすると一般的に年寄りとは失うものをなくしてしまっている存在かと嫌なことを思い、しかしもう一度、例えば30年が過ぎてしまったということにはどうしようもない重さがあるよなあと思った時に、それはやはり年寄りにしかわからない重さなんだとも思いました。

センチメンタルという言葉は自分のためにある言葉だと(たぶんとても多くの人と同様に)ぼくは思っているわけですが、自分のセンチメントというものは本当に自分だけのもので、それは誰も同じなんだろうと思います。つまり、センチメンタルな人間をどれだけ集めたところで、何一つ共有されるものはない。そして多くのセンチメンタルな人間は、それを自覚している。自分の胸の奥をいくら開いても誰にもつながれないのだが、その誰にもつながれないということを自覚している淋しさは、誰もが共有しているという気がします。(話は少し違いますが、昔ロッキングオンで岩谷宏が「金持ちがすごいご馳走を食おうと、貧乏人が貧しいものを食おうと、うまいと思った時のうまいという感覚は絶対に共通だ」という意味のことを書いていたのを思い出します。何十年もたってもまだ衝撃は抜けてないです)
「センチメンタリズムが芸能に回収されやすい」とすれば、それはもしかしたら「共有しあえない淋しさ」しか共有していないもの同士は、自分のことも他者のことも少し割り引いたところで受け入れようとするからではないかと言ってみたい気がするし、誰にもつながれないと思いながら胸を断ち割って示さずにいられないのが表現で、それが久保さんの言われる彼岸かなとも思うわけです。
 

センチメントの彼岸

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月28日(月)13時48分4秒
返信・引用 編集済
  I know Mr.中野真吾's heart can stay with my love♪
>わたくしの腐った耳には女子十二楽坊みたいに聞こえた部分も実は

■あは(笑)。
それ、すげー☆よく分かる。
私は、ルーツ・ミユージック、民俗音楽、ケルト音楽、スコットランド&アイルランドのフォーク、フィンランド音楽、クレズマーも好きなのですが、
時折り、私の耳も中野さんのように腐ります(笑)。
おそらく、「ルーツ・ミユージック、民俗音楽」は長年、聴かれてきたことで鍛えられてきたので、魅力的であると同時に、妥協の産物でもあるのでしょう。
それは現在の「芸能」の共通点でもあります。
それでも、「そこから魅力的な部分を聴きだせ!」と、おされ&スノッブな方が押し付ければ、私の耳は腐ります(笑)。
これは、表現の持つ両義性ですね。
追いかける写実、逃げられない写実。『森山大道論』(2008年、淡交社)で金平茂紀がスーザン・ソンタグ『ゆらぎ』の下記の部分を引用していました。

より魅力が受け入れられやすい(よりかっこいい)見方(a cooler way of looking)だ。
これこそ、私たちがアートと見なしている見方だ。

■つまり、ビートルズのルックスがすでに高度な表現であり、メッセージであった、と、私は読み換えました(笑)。
もう我々も、ジジイなので、自分の耳が「かっこいい」と受け取るセンサーを信じてもいいお年頃でしょう(がくっ。)。

>知っている曲と同メロのものがあって関連を想像してみたりしました。

■それも、とても面白い。
このシリーズが、なぜ、ここまでのボリュームが必要だったのか?の、ひとつの答えも、そこにあるような気がします。
ジジイでなければ辿り着けない彼岸。
そして、この感情を表現する時には、あのメロとシンクロする、とゆー無意識の豊かな澱。それも、ジジイの特権。

>切々としたラブソング

森山大道は、私が高校2年生の夏、北海道で3か月間の長期滞在をし、250本のフィルムを撮影しました。
私が通学していた国鉄の留萌本線にも彼は乗って撮影したようです。
『森山大道論』は初の回顧展のために発行された論文集で、
学芸員の岡部友子は、<北海道>シリーズについて、印象深い論考を書いています。
そこから、抜き書きしてみます。

四、センチメント <北海道>
森山大道が自ら弱みと自覚しているのはセンチメントだ。
かねてより「写真のうえでのセンチメントは一刻も早く切りたい」と発言しており、
その体質的に備わっている感傷的感性をあえて打ち消そうとした。
そして、写真の本質を見極めるためにより原初的なもの、アノニマス(anonymous=匿名)なものへと傾倒していった。
田本研造(たもと・けんぞう)を始めとする明治の北海道開拓使の記録写真は、ニプスと同様、森山大道に写真の原始に迫る啓示を与えたのだ。
彼が好むも好まざるも抜きにして、センチメントは「森山大道の核なるもの」の一面をリアルに映し出している。
拭い去ろうとしても拭いきれなかったセンチメントを逆に肯定すれば、<北海道>は抒情豊かで秀逸なコレクションと言えるだろう。

■私が早川義夫や、あがた森魚から受けるセンチメンタリズムは、何なのだろう。
それらは、一種の野蛮な、整理されていないものだから、聴く私を、ざわざわさせるような気がします。
それを洗練させて、整理したものが、たとえば、かぐや姫「神田川」なのだろうか。
だから、それは「成功」したのだろうか。つまり、それが「完成」なのか。しかし、聴く私を、ざわざわさせない。
それは、私の耳が腐っているからでしょうか。
一方で、かぐや姫「神田川」を地下からジャンプして、下水道で生々しい早川義夫&あがた森魚とつながってしまうのが、
『JUST A NORTHERN SONG  夢の隊列2005』6枚組CDなのでしょうね。
森山大道と、この6枚組CDセットが、<北海道>でセンチメンタリズムの彼岸と格闘した理由は、
おそらく、北海道が得体のしれない、野蛮で、整理されていない膨大なアノニマスを抱えたまま、そこに広がっているから、でしょうか。
その結果、森山大道は250本のフィルムを、夢の隊列は6枚組CDを、それ&ぞれ膨大に吐き出す必要があった、とゆー因果の意味。
センチメンタリズムは「芸能」に回収されやすいからこそ、そこに踏みとどまる個性的なペーソスがまた必要なのでしょう。
「匿名」と「個性」の往復に、表現者は彷徨った果ての彼岸を、作品と名付けるのでしょうか。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

大人買いの収支

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月26日(土)15時00分45秒
返信・引用
  「夢の隊列」ついに聞き終わりました。
さまざまな音楽が次から次へとあらわれて、面白かったです。
インストものは若干苦手なのですが、「ラークス・タン・イン・アスピック」のころのキング・クリムゾンみたいだと思ったら民族音楽みたいなのもあり(わたくしの腐った耳には女子十二楽坊みたいに聞こえた部分も実は)、知っている曲と同メロのものがあって関連を想像してみたりしました。
鈴木翁二のジャケットは文句なしに素晴らしかったのですが、彼が本気で音楽活動をしているということは今回初めて知りました。
そんな中で、ぼくにとってのベスト・トラックはずばり!渡辺勝+川下直広の「Truth」でした。
こんな言い方をしていいかどうかわかりませんが、早川義夫の「赤色のワンピース」を思わせるような切々としたラブソングで、繰り返し繰り返し聞いてしまいました。この1曲だけでも、大人買いの価値ありでした。
 

真夜中のナイチンゲールと赤い薔薇は共犯書斎から、はみ出すことが可能か?

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月13日(日)01時46分20秒
返信・引用 編集済
  Keep on sleeping in a big barn bed for Mr.中野真吾♪
>農業者が耕作できない(労力的に、または収益的に)のに、非農業者はそこを耕作する余力を持っているという不思議な状況

■「余力」とは、暴力なのか?←とゆー仮説から、下記のような深夜の考察。

>余力のある人間が余力のない人間を値切っていくという(その場には農家の人もいました)グロテスクな場面

■それって、支配の構造ですよね。
■では、「交換」とは、悪なのか?
もしくは、マルセル・モース的「贈与」がともなわない「交換」には「支配」の概念が忍び込みやすいのか?
■昨日、8月12日(土)の朝日新聞の1面トップは、
バブル末期の1991年初めに買った静岡県・伊豆半島の別荘地300平方メートル=1300万円が10万円で投げ売りされた、って記事。
記事のしめくくりは、
「今まで土地に縁のなかった人たちが、スマホでも買うような感覚で買っていく。
もはや土地は財産ではない」と言う、別荘地を専門に取り扱う不動産業者のコメント。
■ヤミ米屋の私が「投機」や「相場」を断罪する権利(がくっ。)は無いが、
「つまらない正義感」からではなくても、生活者の自尊心や、品のあるモラルが否定される社会は選ばれず、その地の人口は減るだろう。
■私の住む北海道沼田町は、つい数十年前までは、ほとんど日本で一番マズいコメの産地でしたが、
今では、農家当たりの作付面積が日本一のコメの名産地になりました。
この両方を知っている者が、私を含めてまだ&まだ多く住んでいるので、不思議な感じすらします。
つまり、「余力」は人為的に準備できる。その時、人為的とゆー係数になるのは、
生活者の自尊心や、
品のあるモラルや、「政治」なのでしょう。

■政治は支配である、と同時に、支配を無化する(=つまり、「公平」。)システム。
2大政党制が議論すべき本質は、その2つの選択肢の間でゆらゆらしながら行き着く相対的にベターな地平なのでしょう。

>毎日ノン気に過ごしていく生活というものは、誰が何と言おうと批判されるものではなくて、絶対的に擁護されるべき価値を持っているはずだ

■中野さんなら読んでいただいた・かな、と思いますが、
『共犯新聞』今年の8月6日=ヒロシマ、8日=月見猫☆命日、9日=ナガサキ、な、
3DAYS特集
片隅?遠くから見ていることの大切さ、だよ。『この世界の片隅に』の結論(?)も、
「呑気」というパワーを見事に描き切った、でした。
で、今さら気が付くのですが、
①主人公の声優の新しい名前(!)も(?)、
のん(能年ウニを求めて、礼文島やら、天売島やら。玲奈)
②中野さんが住んでいる岡山県から南へ一直線(?)に、
呉、ヒロシマ、ナガサキ、
鹿児島県与論島(嵐をよぶ!都議会本会議採択月見猫の水難事故死の場所)が存在しているんですね。
■ノン気を土足で犯す支配者への生理的な不快。
昨日、8月12日(土)の日本経済新聞には、中堅小説家の魅力的な短文が2つありました。少し引用します。

星野智幸~ロベルト・ポラーニョ『2666』を読むためにメキシコに滞在した。
「私がそう思うのは、東日本大震災で亡くなった膨大な数の人たちについて、文学では届かないと絶望した経験があるからだ。
ボラーニョにも同じ絶望があったのではないか。それでも言葉にしようと格闘したのだ。」

堀江敏幸「傍らにいた人」(24)~安岡章太郎「遁走」軍隊のヤル気の正体見抜く
「不可欠なのは、殴られる者の出現を待って、自身の服従の幅を調整する受け身の戦略だ。」
服従心なるものがいかに恣意的に解釈されるのか、この一件で明らかだろう。権力のある者にとっては、因縁もまた法のうちなのだ。
上の者の怒りと不機嫌を、ひたすら殴られることで受け入れているうち、初年兵たちは少しずつ思考停止に陥っていく。
(主人公の)加介はそのような理不尽に飲み込まれそうになっている自分を意識しながら、身体反応の深い部分で、なんとか抗(あらが)っている状況だ。」

「軍隊における服従心とは「ヤル気」の意味だと、加介は喝破する。
それは「愛国的情熱にもとづくファイティング・スピリットのやうにいはれてゐる」けれど、実際は「ただの利己的な競争」にすぎず、
「兵隊たちは、あらゆる点で他人よりも早く、利巧(りこう)に、自分の有利な立場をきづいておかうとする」だけである。
下士官も同様だ。もっぱら保身のために上官の思いを「忖度(そんたく)」する。それが「ヤル気」の正体なのである。」

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

難しいんですが

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月12日(土)16時29分34秒
返信・引用
  ゲストブックを開いたら、立山青氏がいてびっくり!探してくださったんですね。うれしいです。
『彼女の人生は間違いじゃない』ぜひ見てみます。6枚組CDともども楽しみです。
ところで東京の特権性について書かれている部分を読みながら、十数年前に感じた理不尽を思い出しました。
その日、付き合いもあって、地産地消に関する分科会みたいなのに出ていたんですが、出席者の一人が「市民農園を借りているが、使用料が高くて、トータルでいうと店で野菜を買うほうが安い。もう少し安くならないと借りるメリットがない」とか言ったわけです。
岡山みたいなノン気な土地でも、農業後継者の問題は大変で、町中に耕作放棄地みたいなのができてしまったりして、そういう土地が市民農園になったりもするわけですね。
「趣味でやってるなら、金くらいつぎ込めよ」とか言いたい(言えなかったけど)のはともかくとして、農業者が耕作できない(労力的に、または収益的に)のに、非農業者はそこを耕作する余力を持っているという不思議な状況、しかも余力のある人間が余力のない人間を値切っていくという(その場には農家の人もいました)グロテスクな場面に、なんともやりきれない気持ちになりました。
図式的な言い方になるかもしれませんが、都市が農村から農地を、しかも農地の形をしたままソフトな形で収奪しているという気がしました。
都市と農村とか、東京と地方とか、日本と世界の多数の国々とか、そんな構造の中でノン気な毎日を送っている自分に、どのように自覚的であるか、また一方では、毎日ノン気に過ごしていく生活というものは、誰が何と言おうと批判されるものではなくて、絶対的に擁護されるべき価値を持っているはずだということ、そんなことを脈絡なく考えてしまいました。
 

自分(だけ)の「有識者」を何人持っているか?が、豊かさの数値化。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月11日(金)01時12分37秒
返信・引用 編集済
  And Mr.中野真吾 goes Bip bop, bip bop,bop♪
>カフェ・ミシシッピといえば藤島 晃一の…

■そうです♪
イギリス人のピーター・バラカンが日本に住んでずいぶん過ぎてから、イギリスのBBCラジオで信頼できるDJがかけた曲が、彼のThe Fujiiで、
その本人からピーター・バラカンへ突然、作品などが入った大きな小包が届き、今では藤井晃一は高知県に住み『Missy Sippy(カフェ ミシシッピ)』を経営していて(笑)、
ピーター・バラカンとは友人になって、定期的にそこでトーク・イベントをしている。
インターネットの時代は、覆面の時代ではなく、解放の時代であるべき、ですよね。

立山 (たてやま・せい)という
>ブルース青年がいて(東京でライブしたりもしている)、
>何年か前に藤島氏のライブを聞きに同所まで行ったので、電話で聞きました。

■わぁ、すげえ。中野さん、超さっそく☆ありがとうございます。直球が速球で返って来た快感です(笑)。

>山の中に2軒の建物があって

■私は、
『北大2014地方議員向け最前列で、かぶりつきで講義を聴いている久保元宏(笑)。サマースクール』宿題(笑)で、
こんなことを書いて&提出しました。

エンターティメント型議員?国は、地方に「施設の総量圧縮」の圧力をかけながら、

同時に東京だけは2020年の東京オリンピックに向けて、「施設の総量膨張」を計っている。

国は日本全体を、コンパクト・シティにしようとしているのか?

この非対称の理不尽さと、幼稚な未来設計に異議と議論の声を上げるのが、地方議員の役割だ。

今の日本に必要なのは「東京オリンピック」ではなく、「東京以外オリンピック」だ。

東京以外のすべての県で競技をするべき。政治とは分配の闘争であると同時に、分配そのものでもあるのだから。

■岡山県岡山市北区丸の内1丁目5-1の映画館『シネマ・クレール』で、
8月26日(土)から上映される映画やっぱ、映画館で観たい♪『彼女の人生は間違いじゃない』は、おすすめです。
監督の廣木隆一(1984年、福島県喜多方市、生まれ)が先日の北海道での上映会で、
「福島は(放射性物質の)汚染土を削り取って入れた大量のバッグが山積みのまま放置され、不気味な風景が広がり、ひどいことになっている。
現実がイメージを超えている。東京へ電気を送るために、こんな目に遭ったのに、東京は便利で快適な生活のまま
この矛盾の犠牲になったのが彼女 (みゆき)だ」
と語っていました。
世界中の魅力的な音楽や映画や小説やマンガを知っている私たちは、東京から自由でいられますが、
同時に東京は特権を持ったまま、「東京から自由」な者の批判から自由です。

>まだ知らない場所にはまだ出会っていない人がいるわけだ

■それが、東京への復讐。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

有識者レポート

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月10日(木)23時09分21秒
返信・引用
  カフェ・ミシシッピといえば藤島晃一の…
ぼくは行ったことがないんですが、岡山県倉敷市在住の立山青(たてやま・せい)というブルース青年がいて(東京でライブしたりもしている)、何年か前に藤島氏のライブを聞きに同所まで行ったので、電話で聞きました。
いわく「山の中に2軒の建物があって、1軒はカフェ、もう1軒のほうでライブがあったんですが、周りの田舎の風景からいい意味で完全に浮いてました。藤島さんは怖いって感じじゃなくて、まさに高知の男って感じ。食べ物は外国っぽいものが出てきて、藤島さんもそういえば外人みたいだし、外人のお客さんもよく来るみたいです。飲み物はビールしか飲まなかったので、それしかわかりません」とのことでした。
岡山にもぼくが初めて友部正人を見ることができた「ペパーランド」、いつもいろいろなことを教えてくれる「キング・ビスケット・レコード」や良元優作のライブをさせてもらった「ながいひる」、おまつとまさるを見た「コマンド」、早川義夫を見た笠岡市の「萌」、とっくになくなってしまった「みるくほーる」や「コスモグラフィア」とか、いろんな場所があったし、今もあります。あがた森魚が「函館ハーバーセンチメント」をうたってくれた「スイング」という店など、その時はじめて知ったのですが、もう何十年もやっているということでした。
それらの場所を教えてくれた人やそこで会った人もいるわけで、そうするとまだ知らない場所にはまだ出会っていない人がいるわけだ、と、当たり前のことを考えています。
 

問題は欲しいものが、年々少なくなること

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月10日(木)11時31分56秒
返信・引用 編集済
  Take it Mr.中野真吾's Mumbo♪
>ぼくは「 おまつとまさる氏」の渡辺勝とか、

■私のバンドが1984年の年末に、あがた森魚さんと共演した時のベーシストが、はちみつぱいの和田博巳さんで、
その後、早川義夫さんが復活した時に和田さんが押し掛けマネージャーを買って出た、って、とっても、いい話ですよね。
その縁で、渡辺勝が組み合わされたのかな、って私は当時、感じていました。
札幌で観た渡辺勝のギターは、想いの方が前のめりになっていて、まだ技術は追い付いていないと私は感じましたが、
むしろ、そんな渡辺勝の不安定さこそが、復活した早川義夫がロックであることを最も証明していたようでもあり、
そのことに早川義夫も感じていたような気がしました。
その後、まもなく渡辺勝が早川義夫のツアー・メンバーから外れたのを知った時にも、やっぱり、そうか、と思いつつも、
しばらくしてから、裏方ばかりが続いていた佐久間正英をステージに出したのも、私には心地よい納得と嬉しい驚きでした。

>早川義夫と 佐久間正英の共演とか見て

■佐久間さんも、亡くなられましたものね。
ジャックスの水橋春夫のギターは、渡辺勝~佐久間正英に直結していて、
その先見性があまりにも超プログレッシブなので、むしろ普遍性に感じてしまうほどです。

>早川義夫+あがた森魚+渡辺勝の因縁ツアーとか、ないでしょうか。

■デビュー前のあがたさんが喫茶店で待ち合わせた早川さんにギターを弾きながら歌を聴いてもらった、ってのも、いい話ですよね。
ライブ&バーずっと、ここから。『Rock House DYLAN』の伊藤忠司マスターに、
6月に中野さんが体験した、あがたさんの話を伝えました。

中野真吾 2017年6月6日
いいことありました。
「古本ながいひる」のあがた森魚ライブに行き、打ち上げであがたさんの隣に座らせてもらい、
「函館ハーバーセンチメントが好きなぬですが、ライブで聞いたことがありません」みたいなことをしつこく言ってたら、
「それじゃ明日のライブ(岡山である)でうたおう。来てもらえますか」と言われました。
行きますとも!

中野真吾
先ほど、函館ハーバーセンチメント聞けました。何と言葉にしたらいいのか…

中野真吾
ライブ終盤、「君はハートのクイーンだよ」で、お客さんが何人も、低い声で口ずさんでいて、
それが友達のうたう唄を聞いているみたいで印象にのこりました。

ずっと、ここから。伊藤 忠司 2017年8月9日
この方、ちょうどアングラフォークど真ん中世代ですね。
あがたさんは、ライブの出来不出来のある人だけど、決まった時は鳥肌もののステージを見せてくれますね。

伊藤 忠司
アーリーの野澤さんからです。
「このアルバムは知りませんが、これに関わっている札幌のキコキコ商店の人とは何度かお会いしました。エミグラントは1枚だけ持ってます。」
とのことです。

うぇ~ん!久保AB-ST元宏
ありがとうございます。
そーか&なるへそ~。
キコキコ商会ねぇー。私が大昔にメジャー・デビューした時に、チャクラとLPを作りましたが、ここで交差しました(笑)。
『共犯新聞』ゲストブックによれば、岡山県の還暦の彼は、オトナ買いをするようです(笑)♪
それにしても、またしても、伊藤大兄、お世話になりました。
これからも、よろしくお願いいたします~!

ずっと、ここから。伊藤 忠司
やはりアラ還世代は、大人買いですね。
問題は欲しいものが、年々少なくなること…。
大工哲弘さんの10枚組でも買っちゃおうかな~。

うぇ~ん!久保AB-ST元宏
「問題は欲しいものが、年々少なくなること」←あ!なんか、すごい&するどい。
そーゆー時は、自分でCDを作っちゃうか、まったく違うジャンルに飛び込むか、新しいトモダチから紹介してもらうか(笑)?
最近、ピーター・バラカン『音楽日記』を読んで、アイルランド音楽や、アフリカ音楽を再学習しかけたけれど、
読みながらYouTubeで、さわりをさわる☆だけで満足しちゃうたんぱくな私(笑)。
それでも、この本に紹介されていた高知県の『Missy Sippy (カフェ ミシシッピ)』がめっちゃ面白そうなので、
今ではFacebookで追っかけています。いつか行きたいなぁー。とゆー店に、芦別市DYLANもなっていますな♪
あ、そーだ!私、明日、芦別市に行きます(笑)。ライオンズクラブの会議で。がくっ。
こんな日程。
2~4:30Pm 芦別市総合福祉センターで会議
5~5:30Pm 芦別市内の歩道で、交通安全運動 がくっ。
6~7:30Pm スターライトホテルで懇親会

■さて、中野さん。
高知県の『Missy Sippy (カフェ ミシシッピ)』に行ったこと、ありますか?
私や伊藤さんや野澤さんよりも、中野さんは近くに住んでいますので(笑)、
もし行かれましたら、共犯レポートお願いいたします♪

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

大兄と呼ばせてください

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月 9日(水)20時42分2秒
返信・引用
  わけのわからん問いに、手を尽くして調べてくださり、感謝の言葉もありません。
ユーチューブを見せていただき、おすすめの言葉もいただき、決心しました。大人買いいたします。
久保さんは、早川義夫と渡辺勝の共演を見られたんですね。ぼくは「おまつとまさる氏」の渡辺勝とか、早川義夫と佐久間正英の共演とか見て、どちらも忘れられません。
早川義夫+あがた森魚+渡辺勝の因縁ツアーとか、ないでしょうか。
伊藤さんや野澤さんにも、よろしくお伝えください。ありがとうございました。
 

オトナに問うオトナ買い

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 8月 9日(水)16時56分42秒
返信・引用 編集済
  Dear friend, Mr.中野真吾's the time♪
>自分では聞いたことがないし、ネット上にも音源がなくて、皆目見当がつかないとのことです。

■すまん。
私も、深くは知らない世界。
そこで、北海道の音楽の巨人、ライブ&バーずっと、ここから。『Rock House DYLAN』の伊藤忠司マスター
にメールで訊いて、こんなやり取り。

ずっと、ここから。伊藤 忠司
関島さんや鈴木翁二さんなども参加しているってからには、かなりな凄腕集団なんでしょうが、まったく聞いたことがありませんでした。
すみません。
コッチ方面は、アーリータイムスの野澤氏がくわしいので、ちょっと尋ねてみます。

うぇ~ん!久保AB-ST元宏
私も鈴木翁二さんに激しく反応しました(笑)。
北海道の表現者たち、奥が深いっすねー♪
お忙しい中、ありがとうございます♪

ずっと、ここから。伊藤 忠司
渡辺勝さんとかもね(笑)
ウチのおんぼろピアノであんなすごい音出した人、初めてみました。
いちおう野澤さんにもメッセージ送っておきました。

うぇ~ん!久保AB-ST元宏
あざーーーっす!
渡辺勝さんは、早川義夫さんの復活ツアーでの震えるギターが忘れられません。

てなコトからぁ~の、ググれば、YouTube発見♪
とか、 とか。
いんじゃね?
実は、今日の私はamazonからケンドリック・ラマー『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』を買った、っー、ミーハーなのですが、
今日のところの結論=④で、いかがでしょ?
旭川市のライブハウス『アーリータイムス』野澤さんからのメッセージが届きましたら、また紹介いたします♪

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 

有識者に問う

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 8月 8日(火)22時22分16秒
返信・引用
  迷っております。ご存知のことあればお教えを願います。
「JUST A NORTHERN SONG  夢の隊列2005」というアルバムをご存知ですか。
オフノートなる音楽集団が北海道で行ったライブを収録した6枚組CDということです。
関島岳郎、中尾勘二、船戸博史(いずれもぼくにとってかけがえのない存在である友部正人や良元優作と共演した人たち)さらに渡辺勝といった面々が参加していて、反応しかけているのですが、何しろ聞いたことがなくて。
かのキングビスケットレコード店主小野氏も、注文を受けて入荷したものの、自分では聞いたことがないし、ネット上にも音源がなくて、皆目見当がつかないとのことです。
そこで、北海道と言えば…音楽と言えば…久保さんなら何かご存知ではないかと、ご相談した次第です。
さて、久保さんのご判定は、次のどれでしょう!
①6枚全部買うべきである②6枚のうち〇枚目と〇枚目は買うべきである(セット売りのほかバラ売りもある)③1枚も買うべきでない④知らないが、買うべきである⑤知らないが、買わないほうがいい⑥知らないから、知らん
忙しいさなかつまらんことを問うでない、と言われるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

http://www.offnote.org/SHOP/AUR-1-6.html

 

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