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支那&ロケッツ

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2018年11月24日(土)10時50分18秒
  通報 返信・引用 編集済
  Let me roll it to Mr.泰弘さん♪
>●●養部

■私たちが子どもの頃、オトナに届く手紙の表書きは、達筆すぎて、ほとんど読めなかったのですが、
いつか自分もオトナになったら読めるんだろう、と、根拠のない未来予想図を描いていましたが、
おかげさまで(?)ワープロ→PCの時代、もはや誰も、そんな文字を書かなくなりました。
この過程で、1980年前後に「丸文字」と揶揄される角を丸くした手書き文字が流通しましたが、あれも今から考えると、PC時代の準備だったよーな気もします。
つまり、これはグローバル化を準備した文字のユニバーサル化なのでしょうか。
コドモに読めない文字は、ガイジンに読めない。それじゃ、文字の意味が無いじゃん。ってな時代の無意識のニーズだったのでしょう。
しかし、同時に我々は何か巨大で重要で魅力的な文化を簡単かつ永遠に失ってしまったのも哀しい事実であると私は思います。
いずれにせよ、「達筆」時代に読み込んでいた郵便配達員は、優秀だったんだなぁ~と、今でも時々思います。

>私も親父の戦死までの事情を詳しく知らなかったのであらゆる資料を調べた経験から、久保さんのお力に成ればと思っただけです。

■あらためて、泰弘さんのやさしさ、能力、ロケットのようなスピード感に感謝申し上げます。
『共犯新聞』はブログではなくホームページなので、整理されておらず、アナーキーな紙面(?)で読みづらくて恐縮です。
その点も、泰弘さんの編集能力の高さに感心しています。
『共犯新聞』1面トップの記事は、定期的にガラリと変わります。
この連載は、毎月1回づつ、読み進め&解読進めしながら続けていこうと考えています。
ここに保存しておきますので、時折、泰弘さんにもご確認いただき、指摘事項などを気軽にご教授いただきたいとお願いい申し上げます。

「おじいちゃんの撃たれたい夜。支那事変」

>久保さんも金沢市の持名寺へお問い合わせされれば辰澤 昇道さんのことが詳しく判明すると思われますよ。

■なるほど。
その泰弘さんのご指摘で私は思ったのですが、当時は戸籍の管理で最も信頼があったのが、自分の寺だったのかもしれません。
明治期に人が大移動した後、さらに戦争や焼け跡で住所や、生死までが不安定になるので、役所よりも寺が戸籍の根拠にになったような気がします。
我が家も、林幽寺に行けば今でも、久保の墓へすぐに案内してくれますし。
だから私の祖父も、「辰澤 昇道さん」の住所(?)として金沢市の持名寺を書き留めたのかもしれません。

>「支那事変」の写真はココを見れば、当時は兵隊の顔まで判別できます。

■すばらしい。
お世話になっているついで(?)に、泰弘さんに教えていただきたいのですが、
昭和12~3年の支那事変が書かれた良書を紹介していただきたいのです。
私はとりあえず、11月4日に古本『目撃者が語る昭和史・第5巻・日中戦争』(新人物往来社)をブックオフで買って読みました。
よろしくお願いいたします。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 
 
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