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壊れていくもの

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 9月16日(土)10時01分20秒
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  「幼な子われらに生まれ」見ました。集中力がないため映画は若干苦手としているのですが、久保さんとお話をするため(うわ、気もちわるう)見てまいりました。2週続けて映画を見るのは30年ぶりくらいでしょうか。
で、見終わって、久保さんが言われていた「良い予感」「悪い予感」どちらもよくわかりました。ともかく「家庭が壊れていく」ときのどうしようもない無力感が伝わってきました。この家庭は特に壊れやすくできているわけですが、そうでない家庭も、何かのきっかけで、あるいは特にこれといった原因もないのに壊れはじめていくことがある。あるところまで来たら、修復できない。どうしようもなく壊れてしまう。家庭というものは本来的にそのような要素を内包しているのだと思いました。
見ている途中で、この家庭は修復不可能だと感じました。それが回復していく過程には、正直少々無理があると感じます。(長女が家庭を離れて祖母と住もうとしているというあたりにきちんとした「眼」は存在するんですが)ただ、作者はなぜこの家庭を生み出したのか、このような回復を描くためにこの家庭を生み出したのならあんまりだと思うし、自分が生み出してしまった家庭を何とかして救済したい、どうすればそれが可能かと行き悩んだ末に行きついたものがあの終末部だったのなら、それはあれこれ言える話ではないと思います。
ところで宮藤官九郎、素晴らしいですね。背広を着こみ、ひげをそり、紙包みを持ってデパートの屋上に座っている姿が忘れられません。あの姿こそがこの映画全体の救済だったような、理由はわからないんですがそんな気がします。

話は全く変わるんですが(長くなってすいません)、9月15日の朝日新聞に「白人至上主義の病巣」というインタビュー記事があって、その中に二か所。
ピート・シーミー「過激な白人至上主義との出会いは、パンク音楽を聴きに行ってネオナチと知り合うとか、往々にして偶然です」
  ↑
いやあ、いつからパンクシーンはそのような場になっていたのでしょうか。パティ・スミスは、PILは、ポップ・グループは、スターリンは、アブノーマル・ストリッパーは……それともこのピート・シーミーという人がものを知らないだけなのかも知れませんが。

インタビュアー「各地に奴隷制を守ろうとした南部側の英雄像があります。撤去の動きが進む一方、撤去反対という米国民も多いようです」
ピート・シーミー「撤去すべきでないと考えるのは我々が事実と異なる歴史を教えられてきたから。南北戦争を戦った後、南部は合衆国に復帰して再建され、幸せになった。そういう歴史を教えられてきた」
  ↑
論旨がわかりにくいんですが、「実際には、南部は南部としての独立志向と有色人蔑視を失っておらず、それを知らない人間が、撤去しなくてもいいではないかと言っている」と言おうとしているようです。ところで、南北戦争が奴隷解放戦争だったのは確かでしょうが、南部の人々にとっては、「南部が北部に打倒された戦争」だったとしても不思議はありません。それらの人にとって、敗れた祖先の英雄であったリー将軍(ウィキネタでは彼は奴隷解放論者だったそうです)の銅像を撤去するというのは何を意味するのでしょうか。複雑な背景があるのでしょうが、ザ・バンドの「ザ・ナイト・ゼイ・ドローブ・オールド・ディキシー・ダウン」が大好きなぼくとしては、「ちがうだろー」とかつぶやきたくなるわけです。

「女房と一緒にテネシーに帰った/おる日あいつが俺を呼んで言う/早く来て見なよ、リー将軍が通っていくよ」とか「兄貴は18歳、誇り高く勇敢だった/ヤンキーどもは兄貴を墓場に寝かせちまった」とか「負けた俺を助けることはあんたにゃできない」とか「奴らが南部をのし歩いた夜/鐘が鳴り渡り/みんなラ・ラ・ラ・ラ・ラとうたいながら行った」とか。まあ、この歌詞も実はよくわからないんですが。
 
 
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