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雪山と羽田の空

 投稿者:中野真吾  投稿日:2017年 4月 3日(月)22時38分48秒
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  ていねいに読んでくださり、感想まで書いていただき、ありがとうございます。持つべきものは共犯者…とか言わせてもらっていいでしょうか。
それにしても、久保さんの発想力には驚かされます。ぼくは雪山から連合赤軍を思い出すことも、爆発事件から新左翼を連想することもなかったし、まして共犯幻想との関連など、想像もしませんでした。しかし「はみだしっ子」というタイトル自体、「はみだし野郎」と無関係に存在したはずなどなく、このことはよく考えてみたいと思います。
そこで思い出すのが、あがた森魚が「日本少年2000系」のライナーノートで書いた「1970ハネディアン」にまつわる文章です。「映画のように死んでくのも/羽田を飛び立ってゆくのも」という歌詞を持つこの曲を、「羽田から飛行機でロンドンへ/ぼくの嘆きもってお嫁に行くんだね今日は」という歌詞を持つはちみつぱいの「塀の上で」との関連で語り始めるのですが、続いてこう書いています。
『そして、個人的回想として、この詞から連想される川本三郎の世界がある。60年代から70年代へかけて「羽田を発った」友と、「暗い山で道に迷った」友とに対するついえることのない慰謝を、この「塀の上で」とはまた違う立地から押しだまりながらもじっと見ていた川本三郎の「マイバックページ」(ディランやバーズによって焼きつけられた歌でもあるが)さらには「朝日のようにさわやかに」(ソニー・クラーク風に)といった、静かに誠実に時代を照射した書物によって確認させられた同時代体験をまた想いかえしもする』
『あの頃映画館の暗闇に座った映画青年やロック喫茶「ブラックホーク」(追悼松平維秋さん)の暗がりに座っていた音楽少年達の意志や想念や営為は、はるか今、30年後のこの99年の空の下の誘導灯や広告塔にどのように映し出されているだろう』
 
 
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