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どじんが去り、トランプひらり~。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 2月 1日(水)10時38分42秒
  通報 返信・引用 編集済
  Wild life, Mr.中野真吾 in the zoo?
>三宅伸之さんのことはぼくは知らなかったんですが、
>知り合いのレコード店のご主人に問い合わせたら、伝説のブルース・ギタリストだったと教えてくれました。

■すてきだなぁ。
どじんのことを記憶しているひとがいて、それを美しい言葉で伝えている。今も。
どじんは私よりも2歳ほど年下で、1982年ごろに東京で知り合いました。
その頃のどじんは、アイビー少年みたいなコギレイなファッションと短い髪形に、やや大きめのボストン・グラスをかけて、
青春の過剰さの象徴のような隠しきれない出っ歯をたずさえて、
いつも下から私を微笑みながら見つめてくれていました。
私のバンドのライブの、常連客でした。
たぶん、どじんと私は日常会話を無数にしているのだろーけれど、記憶している会話はただひとつで、
「岡山から東京に出てきて、いろんなバンドのライブに行きまくったけれど、
久保さんの歌詞は圧倒的に特別です。他のバンドとは、まったく違う。」

って、言葉。
当時はPAもインチキな糞ライブ・ハウスだったのに、ちゃんと歌詞がフロアで踊りまくっているパンクスの耳に届いていたのだな、と驚いたものです。
それと同時に、こーゆー感想が言える表現者は、近いうちに自ら、ちゃんと、いい表現をするだろーなー☆と、強く感じたので、この言葉を私は忘れていませんでした。
その後、1985年3月に私はバンド・メンバーを裏切って、東京から札幌に夜逃げのように北上したので、
下記の中野さんへのレスに添付した長髪でヒッピーでいかれぽんちでいかしているどじんの姿は、数年前にネット上で再会して知ったのです。
そして、ネット上で再会したどじんと私はメールでやりとりして、なんだか、いい感じだなぁと日常生活を送っていた時に、突然、どじんは死んだのです。
昨年、沖縄で権力が「どじん」発言をしたときに、
どじんと一緒に80年代初期に私のライブを観に新宿のACBやLOFTなどに通ってくれていたToshiro Matsumotoが下記のコメントを書いていて、しびれた。

2016年10月21日
大阪の機動隊員が『土人』と発し物議を醸しているが、
僕の見識で『土人』とは、今は亡き三宅信也と史上最高のブルースマン達の証であり、糞勘違いな権力野郎に軽々しく発して貰いたくは無い。

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 
 
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