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見えない”共犯者”に会うために

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2017年 1月23日(月)11時11分4秒
  通報 返信・引用 編集済
  Ram on (Reprise),
give
Mr.中野真吾's heart to somebody♪

>投稿させていただくのは初めてです。

■ってコトは、以前、どこかでお会いしたか、交流したか、したのかな?
たとえば1980年代の東京の俺はギターを鏡に投げ込んだ♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Dieライブ・ハウスとか、1990年代のパリの☆コーヒーの湯気。カフェとか(笑)、21世紀のArtとは、ニューヨークのホイットニー美術館から、大阪の乙画廊まで、どこでもドアの奥で、今夜、パーティが2時から開かれる!画廊とか。
いや、単純に『共犯新聞』愛読者か(がくっ。)。

>ちなみに早期老齢者(58歳)であり、「だっくす」や「ぱふ」も読んでいたわけです。

■なんと私よりも、やや(笑)老齢者!前回のレスでは「くん」付けで書いてしまい面目ありません~。
そーか。あの時代、意識的な10歳代のヤング(=プレをた?)は、みんな(?)読んでたよね~。
んが、しかーーーし!超田舎に住む私の周りでは、誰も読んでいなかった。がーーん。
私が通う地方都市の小さな本屋さんに不定期に(!)入荷するたびに、
「こんなマイナー雑誌、誰も読まねぇ&買わねぇよな。けっ、しょーがねぇ。俺が買ってやるか。」
と、モテない根暗スポーツおんち男子高校生だった私は買い続けたのでした。
それは最初、雑誌『ロッキング・オン』に本屋で出会った時の感覚にも似ていたと思います。
当時、私は高校1年生=1977年。今じゃ超メジャーな愛車がポルシェな渋谷陽一社長も、当時はまだ隔月の同人誌っぽ☆だったしー。
私は伸ばした髪をかきあげもせずに、それらを読みあさり、
「日本のどこかに、私のよーに、『ロッキング・オン』や『だっくす』を読んでいる”共犯者”がいるから、こーゆー商売が成立してんだ!」
との確信を得ていたわけです。
つまり私はその頃から、共犯ヤミ米資本主義者だったわけです(笑)。
私は先日、亀和田武『60年代ポップ少年』を読破し、
亀和田少年@中学1年生が1962年1月に雑誌『SFマガジン』と出会った気持ちに共感したんじゃよ(笑)。
で、その2か月後に生まれた私にとっては、
『ロッキング・オン』がメジャー誌に急激に向かう5年間、たばこの煙をみつめていたアイスクリーム・パーラーの美少女。屈折する星
屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群として『だっくす』を「発見」したのでした~。
北海道の田舎町に住む私には、その見えない”共犯者”に会うために、東京へ行かねばならず、
その時に東京へ持ってゆくキビダンゴを、レコードや書物から脳味噌に注入していたわけです。
一方、東京に住んでいた亀和田少年@中学1年生が雑誌『SFマガジン』のオフ会「一の日の会」に直接行動として参加できちゃっていたよーに、
私よりも2歳年下の危ないエロフェチアングラ?な「舞踏会」に迷い込みます。ギロ副大統領は、東京在住をた少年として『ぱふ』編集部に無料メイドとして写植貼りなどで、いい汗かいていたらしい。
そんな我ら3人も、こーして『共犯新聞』のもとに出会えたのですから、孤独ほど生産的なトリガーは無い
て結論でいかがでしょうか(笑)?

>で、久保さんがいまでもその熱を保ち続けているということに、こっちも熱くなるわけです。

■インフルエンザ共犯A型(笑)。

>そもそも「共犯」という言葉だけで、黙って突っ立ったりしたくなるわけです。

■中野さんも真崎守『共犯幻想』や、斎藤次郎『共犯の回路』を読んだくちでしょうか。
「共犯」とゆーネーミングは非合法のイメージだから・との理由で私を喜んで攻撃していただける方も世界には多いのですが、
そのそも、与えられた「法」を無条件&無批判(=自分で考えず)に受け入れる地平が私(たち)には信じられない。ってことですよね(笑)♪

http://www.geocities.jp/kyouhanshinbun/index.html

 
 
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