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墓無く鳴るキーボードの中野

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2020年 4月23日(木)11時17分22秒
返信・引用 編集済
  Crossroads for Mr.中野真吾
>その号をぼくは、何年か前に500円で買いました。(勝った…)

■そうなのです。私が、こんなに高額なお買い物をするはずは無いのです。
さすが中野さん、重要な違和感にお気づきになられていらっしゃられる。
私はヤフオク!落札で買ったのですが、
それも、期間限定の「1,000円以上の落札商品で使える500円OFFクーポンをプレゼント」がメールで届いたからだったんです。
で、それからジャスト「1,000円」で欲しいモノをヤフオク!内で物色しました結果、こいつを釣り上げた、ってわけです。
が、お見事♪落札してから、「500円OFFクーポン」を使おう♪と、クリックすれば、
がーーがーーーーーーん!ーーん。スマホを持っていないと、使えないクーポンだった。
そこで、出品者に問い合わせると、下記のようなレス。

申し訳ありませんがその問題をここに書かれても出品者側からは何もできません。
お取引を中止にできますがオークションシステムから自動的に「非常に悪い」評価が落札者につきます。
お取引を中止にするかはおまかせいたいたします。
出品者


これに対して私は、下記のようなレスを送りました。

「このケースであっても、
「お取引を中止にできますがオークションシステムから自動的に「非常に悪い」評価が落札者につきます。」ことをもともと承知なのですね。
申し訳ございません。哀しいシステムなのかなぁー。」

つまり、ヤフオク!の営業戦略に、まんまと乗った私と、その配下にいる哀しい出品者。
ある意味、あまりにも”樹村みのり”的な、システムの前の無力な出品者のネガティヴな文体に、なんだか私は1970年代的哀しみを久しぶりに感じたんです。
それを含めての「1,000円+送料205円―Tポイント7円=合計1,198円」でした。(やっぱ、負けた・・・のか?)

>「『怪獣』というマンガを描いている蔵前仁一って、『旅で眠りたい』の蔵前仁一か?」

■おお。そいつは、魅力的な発見ですね。
当時の、こーゆー小雑誌はミニコミの進化過程みたいな運動体だったので、私のここへの前回のカキコミのよーに、雑多な方が巻き込まれていて、
今から読み返すと、その後の歴史がネタバレのよーに分かっているから、おもしろい~☆ですよね。
海に沈んで死んだインド帰りのおっす、ひろみ嬢♪月見猫だったら、蔵前仁一と個人的な付き合いもあったっぽいけれど、死んだやつには聞けないね。
そー考えると、死んだやつよか、古雑誌の方が雄弁だー。

>(読みようによってはかなり色っぽい)やり取り

■うんうん、そうですねー。
私は「樹村みのりと真崎守の対談」に大きい期待をしていたんだけど、なんだか、歳の差レクチャーみたいで、肩透かしだったんだけど、
確かに深読み(微苦笑)できる対談ですね。
それこそ、「今から読み返すと、その後の歴史がネタバレのよーに分かっているから、おもしろい~☆ですよね。」(リプリーズ)
今の私たちは、その後の彼女が社会党系政治支援や、ジェンダー闘争など、かなりマジにやりはじめたのを知っているから、
28歳の女の子を素材にしている時代の輪切り感は、未来からの視線を獲得した今だからこそ味わい深いっすよね。
特に筆記で答えた「シリアス・インタビュー」は、当時では読み切れなかったことが、すでに書かれていて、表現者としての樹村みのりの完成度の高さが味わえますよね。

>約40年前、友人がぼくに何冊かの「だっくす」と「ぱふ」を貸してくれて

■以前、中野さんが私のほうが孤独度が高いって書いてくれたことの証明ですね(笑)。
1977年に私は高校生から通学し始めた、北海道深川市の書店で、
『だっくす』、『ロッキング・オン』、『マンガ少年』の雑誌を発見し、
売れ残っていたブロンズ社の『共犯の回路』、『爆発するロック』の単行本を発見したのです。
でも、当時、これらを読んでいた少年&少女に私は出会っていない。
書店も商売だから、売れない雑誌は置かないはずだから、北海道深川市のどこかに『だっくす』とかの読者がいたんだろうなぁ。

他人と共有できないもの(=『だっくす』)を抱いてしまったがために、それ(=『だっくす』)を共有できる人と巡り会うことだけを願って膝を抱える若者たちの物語(=『共犯新聞』)

>他人と共有できないものを抱いてしまったがために、それを共有できる人と巡り会うことだけを願って膝を抱える若者たちの物語

■facebookへの今年の私の誕生日に「妙に寂しがり屋な貴方の印象が、初めて会った自己紹介での記憶です。」と書き込んでくれた方もいました(笑)。

>猿園があってその猿に襲われたり、女生徒が猿にお弁当を分けてやったりしていたが、今は野生化して山に消えてしまった

■その猿が、私には何かのメタファーに感じます。

>久保さんはツイッターのアカウントをお持ちですよね!

■「中野@中年末期 @taiyofun  2019年10月29日;
けさ仕事に行く途中「カニコーセン」と書いた車を見て、びっくりして見直したら「カーコンビニ倶楽部」だった。禁断症状かもしれん。」
に、ピンクのハートひとつ、つけときました♪

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 
 

はかなくなる記憶の中の

 投稿者:中野真吾  投稿日:2020年 4月20日(月)20時57分21秒
返信・引用 編集済
  >1,000円+送料205円―Tポイント7円=合計1,198円
  ↑
その号をぼくは、何年か前に500円で買いました。(勝った…)
ところがぼくはその号を買っただけでろくに読まずに置いていて
本日このさい読もうと思って開いたところ、樹村みのり特集に至る前に思わぬ発見が。
「『怪獣』というマンガを描いている蔵前仁一って、『旅で眠りたい』の蔵前仁一か?」
あわててウィキペディアを見るとまさにその通りで、加えて「だっくす」の改名にあたって「ぱふ」と名付けたのが蔵前仁一であるとのこと。なるほど…。

ところで樹村みのりと真崎守の対談を読むと、以心伝心としか言いようのない不思議なやり取りの中に
  真崎 何が見えたかな。
  樹村 何…何だろう。
  真崎 <菜の花>見たか。
  樹村 うふふ……そうかァ。
  真崎 ちゃんと云う?
  樹村 うーん。
  真崎 言わぬが花だとか。
  樹村 それは、漫画のテーマになりますので。私にとっては。
この(読みようによってはかなり色っぽい)やり取りに、わたくしは記憶がある!
約40年前、友人がぼくに何冊かの「だっくす」と「ぱふ」を貸してくれて、この号のことはずっと忘れていたんだけど、その時に読んだことに間違いありません。いや、思い出すもんですね。

>私はいまだに樹村みのりのマンガを1作品も読んでいません
  ↑
これは知らんかった。他人と共有できないものを抱いてしまったがために、それを共有できる人と巡り会うことだけを願って膝を抱える若者たちの物語を、これからどう読んでいくのか。楽しみです。

本日さっそく小野さんと会って「御前神社」のことをたずねると、学校の近くにあって、何度も普通に訪れた場所だとのこと。幽霊は出たか、怨霊は出たか、ミュージシャンは出たかと聞くと、特にそんなこともなく、昔は猿園があってその猿に襲われたり、女生徒が猿にお弁当を分けてやったりしていたが、今は野生化して山に消えてしまった…とのことでした。

ところで久保さんはツイッターのアカウントをお持ちですよね!
ぼく、まとまりのある文章が一向に書けず、ひと月ほど前から、その日見たり聞いたりした音楽やマンガのことを一日にひとつずつ(書けない日もありますが)ツイッターに書いています。しこ名(リングネーム)は「中野@中年末期」です。お暇があったら見てみてください。
 

吐かなくも杞憂なる岡山

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2020年 4月19日(日)15時27分45秒
返信・引用 編集済
  Treat Mr.中野真吾's Gently - Lonely Old People♪
>ぼく行ってます

■打てば響く、
とゆーか、ふりチン逃げかっ!ヒット&ラン、とゆーか、ゴング&エコー、とゆーか、
即☆反応、ありがとーごじゃります(=アベ語)♪
てか、期待通りの即レス。
こりゃ、まさに、「インターネットは、タコツボ内の壁打ちでは無い」☆とゆーいつも自問する・・・・。誰でしょう?『共犯新聞』可能性の闘いの到達点ですな♪
私も(?)都市計画コンサルタントなんですねー!伊達美徳さんのブログで、
岡山県上房郡高梁町(現・高梁市)の御前(おんざき)神社」を読んだ時、
「高梁市」と中野さんがお住いの「岡山市」は隣接してるじゃん!と、コジツケわらしべ長者センサーがレッド・ゾーンに振り切ったわけです。

>犬の記憶正・続/森山大道があるのを見つけて買ったりしました。

■一方で昨日の私には、ヤフオク!落札デビュー2冊目で、
まんが専門誌『だっくす』1978年11月号(特集:樹村みのり、真崎守対談、未発表作品「窓辺の人」掲載)が届きました。
本来であれば(?)高校2年生の私が320円で買っておくべきだったのを、
58歳にして1,000円+送料205円―Tポイント7円=合計1,198円で買いました(がくっ。)。
それなのに(?)私はいまだに樹村みのりのマンガを1作品も読んでいません。
おそらく、届いた『だっくす』に掲載されている1969年に描かれた”未発表作品「窓辺の人」”が、私が生まれて初めて読む樹村みのり作品になることでしょう。
2020年に、ドキドキしている58歳の樹村みのり童貞がいる純情(微苦笑)。
そんな私が中野さんが熱烈ご推薦される「贈り物」を読む日は、いつなのか?もしくは、来るのか?
ネット古本屋では、短編「贈り物」収録の本は入手が難しいようです。
もし、『樹村みのり全集』が出版されるのなら、今の私なら全集の全巻を予約購読しちゃうことでしょう。中野さん、小野さんと企画&出版してください。
■で、さらにこの『だっくす』1978年11月号は、多義的に複数の情報を抱え込んでいました。その、ほんの一部を下記に書いてみます。
橋本治は2号前の『だっくす』1978年7&8月号でマンガ評論をスタートし、1981年の休刊まで書き続けるし、
ついにはレイアウトもし、編集作業までもが橋本の自宅で(!)行われるほど『だっくす』にのめり込むんだけど、この号だけには不参加。
②同様に、『だっくす』が重要な批評の発表の場だった中島梓も、この号には不参加。
いつも自問する・・・・。誰でしょう?『共犯新聞』アート逍遥コーナーに何度も登場した画家が、今では結婚した相手である森雅之の、その時点での全作品(!)が掲載。
当時から私は森雅之の大ファンで、単行本が出た時は自分のように喜び即買いし、その書名『夜と薔薇』をいただいた曲を作ってバンドのライブで演奏もしました。
その彼と、彼女が結婚したのには、驚いた~し、なんだか、納得。
まついなつきが編集に協力している。彼女、当時は高校生だぞ。
彼女と1日違いで亡くなった血縁であるのは間違いない松井哲朗さんとの関係を知りたくて、私は高校の同級生立て、立つんだ場~!ステージ、に。KARM嬢にメールで質問していたら、
「まついなつきさんのことを佳織に聞いてみました。
亡くなったことは知っていて、ショックを受けてました。
お姉さんと仲が良かったそうです。
演劇に精通してる松井さんとの親子関係については、わからないけど演劇好きの家族だったからありえるかも、とのことでした。
はっきりはわかりません。」

とのメールが私に届いていたところです。

>また小野さんに聞いてみよう。

■1月26日は、三宅どじん伸也の7回忌でしたね。
今日は、能澤浩司の命日です。
こうしてコジツケわらしべ長者のコロナな日々は続きますが、そのスパイラルは上昇しているのか?下降しているのか?がくっ。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

はかなくも奇遇なるかな

 投稿者:中野真吾  投稿日:2020年 4月19日(日)00時00分30秒
返信・引用
  高梁市の御崎神社!
地図を見たら、何年か前にぼく行ってますよ。
街を用もなくうろうろしていて、神社がたまたま見つかったんで行ったというだけなんですけど。
そのあとなおかつ街をうろついていて、何の店か忘れましたが店の外に古本を段ボール箱に入れて売っていて
そこに犬の記憶正・続/森山大道があるのを見つけて買ったりしました。
なおかつ高梁市は
ぼくにゆうたろうや三宅【土人】伸也を教えてくれたキング・ビスケット・レコード店主小野さんの出生地&現在地=根拠地であるわけです。
また小野さんに聞いてみよう。
 

コロナ事変

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2020年 4月17日(金)01時07分51秒
返信・引用
  So won’t Mr.泰弘さん
listen to what the man said♪

>飲み会などお付き合いの広い久保さんなど、特に注意を要します・・心配しております。

■ついに「全都道府県を緊急事態がーーーーーーん!措置の対象」となりましたねー。
「ひきこもり」が正義(?)の時代が来るとは思いませんでした。
もともと私は「お付き合いの広い」っーよりも、オスカー・ワイルド「ナイチンゲールと薔薇」な人なので、そこから意識的に逃げまどうための「外出」だったので、
もとに戻る、もしくは、もう充分に人生を楽しんだから、もう、いっかー♪
もしくは、もー少し外出を自粛=長生きして、コロナ後の世界が、どーなっているのか見てみたい♪です。
てか、福島泰弘さん&小嶋日向守さんと3人で呑むまで長生きしますか(笑)♪

>「シベリア派兵の記録」

■来月、私の父の七回忌なので、そこで父の兄弟たちから、祖父の当時の情報を聞き出そう~、
と、たくらんでいたら、「全都道府県を緊急事態がーーーーーーん!措置の対象」で七回忌の法事は中止になりました。がくっ。

お祖父さんの日記の件ですが、2P目8行目は「戦友の骨を護りつつ・・」でしょう。

■あ!確かに。
「〇友」と書かれていると、「我友」と思ってしまうクリシェな私。
さっそく、いつも自問する・・・・。誰でしょう?『共犯新聞』1面トップ記事に、書き加えさせていただきました。
福島泰弘さんのブログ・コメントに、小嶋日向守さんからもご指摘をいただいていましたので、それは夜が明けたら、書き加えさせていただきます♪
お二人のいつもの的確&スピーディーなご指摘に、感謝♪

>娘子関のスタンプは日本風名所旧跡スタンプと同等

■さすが、資料を多く集めていらっしゃられるからこその発想&発見ですねー。
祖父は汽車で移動していたので、車窓から「有名な娘子関の嶮を回って」、と想像するのですが、そーすると、いつ、このスタンプを手に入れたのか?
とか、どん&どん些末なことが気になってゆきます。
そのわりには読解のペースが、どん&どん遅くなって恐縮です(笑)。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

久保AB-ST元宏さん、お久し振りです・・

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2020年 4月16日(木)09時54分29秒
返信・引用
  北海道のコロナウイルスの感染状況を心配しております。
飲み会などお付き合いの広い久保さんなど、特に注意を要します・・心配しております。
市町村別感染状況・・↓
https://jagjapan.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/641eba7fef234a47880e1e1dc4de85ce

お祖父さんの北海道居住の理由となったのがシベリア出兵に依るものとは初耳でした。
コメントに有りました「シベリア出兵」の記事は、既にアップしております。見て下さい。
参考になると思います。↓
https://y294maself.blog.fc2.com/blog-category-4.html 「シベリア派兵の記録」

さて、お祖父さんの日記の件ですが、2P目8行目は「戦友の骨を護りつつ・・」でしょう。
最終行の「松枡軍医見に来た」は「松栁軍医見に来た」かもしれない?
娘子関のスタンプは日本風名所旧跡スタンプと同等なので、既に現地入りしていた日本人の用意した物かと思われ観光地化している感じです。
 

転向論と「反核」異論の間

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2020年 3月21日(土)11時58分49秒
返信・引用 編集済
  Heard Mr.中野真吾 calling me,
Come on and
call me back again
>吉本隆明の「情況への発言」

■1980年代の後半か、1990年代の前半だったか、
新宿の紀伊国屋書店の入り口の平積みコーナーで私が立ち読みをしていると、
別々の方向から3人ほどのスーツを着たヤング・サラリーマンがやってきて、
「おっ。久しぶり~。」と穏やかに挨拶を交わし、
その数秒後に平積みされていた最新号の雑誌『試行』の存在に全員が同時に気が付き、ひとりが手にした。
穏やかな再会のシーンが、一瞬の別の種類の沈黙に変わった。
空気が変わったことに最初に耐えられなくなったであろうひとりが、
「最新号なんだけど、懐かしいね(笑)。」と言うことで、瞬時に彼らに穏やかさが戻って来た。
彼らは、まわりに迷惑をかけない程度のやさしい笑い声を立て、
お互いに「まったくだ、まったくだ。」とか、「確かに懐かしいけれど、これ最新号なんだよね(笑)。」と言い合い、
まもなく私の背中越しに夕暮れの呑み屋街の方へ消えていった。
おそらく、私より14~5歳年上なのだろう。だから、その時は彼らは40歳前後だったのかもしれない。
1968年前後、新宿騒乱などで紀伊国屋の周りでガスと投石の応酬の現場にいた「戦士」だったのかもしれない。

>ひとつひとつ運んで積む

■私は先日、生まれて初めてヤフオク!ってのをやってみたのですが、クレジット・カード詐欺にあっていないか、どき&どきしているスリリングな今日です。
そのついでに、吉本隆明で検索すると、
「吉本隆明の本70冊=3万円(送料無料)」とか、「大江健三郎の本40冊=1万円(送料無料)」っーのが出品されていました。
ちなみに、まだ売れていません。いかがですか(笑)?
おそらく私や中野さんのよーな、めんどくさいオヤジが死んだ後に古本屋が、こーゆーのの処分に困って~の、セット販売なんでしょうね。
私が20歳頃だったら、両方とも買ったかも、ですが、
それらのほとんどを持っている&読んでいる現在は、共犯書斎の在庫がーーーーーーん!金額の暴落ばかりに目がくらみます。

>人夫たちの<口惜しさ>と、わたしが代弁するとすれば、これを設計した著名な建築家の建築美学を批判するほかにないのだと、熱い気持ちで考えました

■たとえば、ビルの中に落ちているゴミをひろうと、
「ひろうのをやめろ。君の偽善がゴミをひろう労働者の賃金を奪うことになるからだ。」
ってなコトを言う人がいます。
もちろん私は、ゴミをひろいます。
なぜならば、私がすべきことは、既存のシステムの肯定ではなく、システムの再構築だからです。
私は熱心な吉本隆明の読者ですが、彼は旧左翼を標的にする時に、既存のシステムを肯定することで論理に新鮮味を加えるテクニックを安易に使うことがある、とも私は感じてきました。
その成功例が、転向論であり、その疑問例が、「反核」異論である、と私は感じながら読んできました。
特に『「反核」異論』(深夜叢書社、1982年)を私はリアル・タイムで読んでいたので、思索の訓練になりました(笑)。
■中野さんが例に挙げてくれた建築に関しては、『情況』(河出書房新社、1970年←嗚呼、狼の時代だ。)の中で、
102P「建築物や建築家を破壊しても無効なんだ。唯一の方法は、ただひとつの政治的な上層観念を破壊する以外にないんだ。」
と啖呵を切る吉本はめちゃ&くちゃ魅力的だけど、
111P「不覇なたたずまいこそが、現在の住宅難にあえぐひとびとが個別的にもしもちうるならば持つべき個々の住宅の様式である」
との部分には、1981年に読んだ19歳の私は、
「うむ?政府の住宅政策の援護とも読めるが・・・」と、書き込んでいます(笑)。

>否定をしようとしている対象の魅力

■「過去」の呪縛や、不器用な「パクリ」は、「引用」としてヒップホップなどによって可視化され、批評で整理されます。
過去の知恵を財産として有効活用しつつ、政治的な上層概念を破壊することで、システムをアップ・デイトする
その時、戦線を離脱した後衛の老兵士は、「確かに懐かしいけれど、これ最新号なんだよね(笑)。」と言うかもしれません。
ヤミ米屋や、白髪ロン毛スーツな田舎議員や、いつも自問する・・・・。誰でしょう?『共犯新聞』など&などは、そのフロントです(笑)。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

横浜銀蝿と著名な建築家の間~またはたこ焼き屋と吉本隆明の間

 投稿者:中野真吾  投稿日:2020年 3月19日(木)18時18分30秒
返信・引用 編集済
  横浜銀蝿ですか!!!
なるほど信じられませんね。
その昔友達がテレビで紳助バンドを見たというので「どうだった?」と聞くと
「横浜銀蝿に強敵あらわる、じゃな」と一行で総括したものです。
しかしあの「マリアンヌ」や「われた鏡の中から」のギターをひいていた水橋春夫が、よく横浜銀蝿の音を我慢して聞いていたものだと思います。

これも大昔の子供向けテレビドラマ(「ロボタン」だったかな?たぶん違うか)にたこ焼き屋の親父が出てきて、主人公が「たこ焼きっておいしいね」とか話しかけると突然怒り出して「あたしゃたこ焼きが大嫌いなんだ!!」と怒鳴り出すシーンがありました。やや大人になると「世の中の多くの人はあのたこ焼き屋のように、作りたくもないものを作ったり、大嫌いなことをやり続けたりしてお金をかせいでいるんだ」と思うようになり

そのうち吉本隆明の「情況への発言」の中に、著名な建築家が設計した公共建築物の<美的な装飾>のための積石をひとつひとつ運んで積む工事人夫たちを見て「かれらはきっと内心で<こんなつまらぬ醜悪な装飾のために、おれは石を運ばねばならないのか。生きることは辛く嫌なものだなあ>とおもっているに違いないと推察しました。そして人夫たちの<口惜しさ>と、わたしが代弁するとすれば、これを設計した著名な建築家の建築美学を批判するほかにないのだと、熱い気持ちで考えました」という文章に出会うわけです。

>歌詞にもメロディーにも、ある種の既視感があり、それが聴き手には安心感を与える。
>私たちは、その麻薬からは永遠に逃げることはできない。
>だから、それを前提に前に進むのだ(ね?)。
     ↑
その通りですね。
うたや音楽は「流れてきて聞こえてしまったものに出会ってしまい魅せられる」ところから始まるから、自分の中のうたや音楽を越えていこうとする試みはいやおうなく一度限りの全否定のかたちをとる。これを否定を試みる「現在」から見ると、否定をしようとしている対象の魅力からは、常に呼び戻されてしまう。しかしそれでもその試みは、永遠に繰り返すほかない…ということかなと思いました。
 

ジャックスと横浜銀蝿の間

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2020年 3月18日(水)11時50分32秒
返信・引用 編集済
  If Mr.中野真吾 keeps on sticking his hand,
In the medicine jar

>「水橋春夫グループ」ってご存知でした?

■もちろん(?)知っていて、当時、『共犯新聞』でも紹介させていただきました。
水橋春夫はぼく、おしっこになっちゃった。ジャックスで、
印象的&アヴァンギャルド&オリジナリティあふれるギターを弾いていたし、彼が作詞&作曲をした「時計をとめて」は永遠の名曲だよね。
そんな彼が元ジャックスのベーシスト谷野ひとしと水橋春夫グループを結成し、2015年1月7日にアルバム『考える人』を発表。
翌年の2016年7月27日に2ndアルバム『笑える才能』をリリース。
なによりも、驚いたのはこのトリオのもう一人が、松村 雄策だってことですよねー。
で、もっと驚いたのは、水橋のジャックスの脱退が、ジャックスの崩壊≒日本のロックの可能性をせばめた原因なのに、
その後の水橋は、1980年9月21日にアルバム『ぶっちぎり』、シングル『横須賀Baby』で同時発売でデビューな横浜銀蝿のディレクターになったんだよなぁー。
横浜銀蝿のメンバーは、嵐ヨシユキ(らん・ヨシユキ、ドラムス・リーダー、1955年4月15日生まれ)&翔(しょう、ボーカル・ギター、1958年6月8日生まれ)の田宮兄弟が中心なので、
私よりも4~7歳上なんだけど、私が在籍したバンド=アブノーマル・ストリッパーの活動時期とほぼ同じ。
当時の私は、あらゆる「横浜銀蝿」的を全否定するために、
ジャックスとゆー具体的な理念を対立軸
にしていたのに、
な、な、なんと、横浜銀蝿とジャックスががーーーーーーん!つながっていたとは!

>1回限りの表現方法をフーやジミヘンに使われてしまった後進の者たちは、本当に大変だなあ

■私が横浜銀蝿に感じる違和感&不快感は、表現方法のルーティン化による再生産システムがオーディエンスに受け入れられた、ってこと。
私が言う「ジャックスとゆー具体的な理念」とは、それの真逆だ。
「表現方法のルーティン化」は、もうそれだけで、すでに「表現」では無い。
たとえば、革ジャン、スリー・コード、チャックベリーなどのフレーズ、リーゼント、男らしさ、など&など。
ジャックスは、そこからから500マイル離れている。
そんなジャックスの刹那的な手法は、アルバム1枚で解散したセックス・ピストルズや、自暴自虐なフーやジミヘンや、衝動で壊されたギターにも共通するよね。

>カセットレコーダーというエフェクター

■考えてみたら、
水橋のジャックス時代の曲「時計を とめて」も、
表現方法のルーティン化による再生産システムがオーディエンスに受け入れられた」ことによって、「永遠の名曲」になりえたのかもしれない。
改めて聴いてみると、歌詞にもメロディーにも、ある種の既視感があり、それが聴き手には安心感を与える。
私たちは、その麻薬からは永遠に逃げることはできない。
だから、それを前提に前に進むのだ(ね?)。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

暴力衝動と暴力の間

 投稿者:中野真吾  投稿日:2020年 3月17日(火)13時19分4秒
返信・引用
  ぼくクリムゾンファンを名乗ってるんですが、一生懸命聞いたのは「太陽と戦慄」~「暗黒の世界」~「レッド」と「USAライブ」だけで、「クリムゾン・キングの宮殿」はそれなりに聞いたものの他はほぼスルー。その中でいつか聞きたいと思いながらそのままになっていたのが「アースバウンド」です。
「アースバウンド」は昔渋谷陽一が「21世紀の精神異常者」をかけて、そのひずみきった音と演奏の凄さにうわすごい!となったものの、当時は金もなく、持っている奴もおらず、レンタル屋にも並ばずだったんですが、再プレスされて廉価で発売!と聞いて購入しました。

で聞くと、期待どおりの凄まじさだったんですが、なぜ今こういう音が存在しないのかという思いもやって来ます。こういった、自分の中に存在するものを表現するすべがないことへの巨大な苦痛といらだち、現在でも間違いなく存在しているはずなのに、どこにそれはあるのか、、、とか。
「21世紀…」以外の演奏は初めて聞いたんですが、かなりはっきりと「太陽と戦慄」以降につながる音になっています。ただ、ライナーノートにあるとおり、今回加わったボーナストラックの演奏はむしろより初期のライブに近く、つまり、ロバート・フリップは最初発売の際に「太陽と戦慄」に続く道を選び取ったんだということが強く感じられます。
このライブは会場でカセット録音されたもので、そのため音質が大変に悪いということは以前から有名でしたが、それはまあ大筋そのとおりなんでしょうけど、疑問もあります。記録用にしろ何にしろ、許容入力をはるかに超えて、あれほど歪みまくってしまうような録音を、普通するものでしょうか?あれは明らかに意図的な作業であり、「クリムゾン・キングの宮殿」以来の丹念に刻み込まれたような音の世界を脱却するためには、一台のカセットレコーダーというエフェクターがどうしても必要だったということではないかと、ぼくには思えました。

このCDを買った時、次第にロック仙人化しつつある「キング・ビスケット・レコード」の小野店主が「ムカシはよくみなさん、ステージでギターを壊したりしてたもんですけど、今でもやるんですかね~」と聞くわけです。仙人いわく何某という有名ロックバンドのギタリストが、演奏中何気なく舞台袖に消えたと思ったら、高級ギターを持っていたはずなのに再登場したら安物に変わっていて、おもむろにギターを破壊しはじめた…とか、別の何某という有名バンドのベーシストは、ベースを破壊しようとしたがどうしてもネックが折れず、やむなく膝で粉砕しようとしたら逆に膝が粉砕されたらしい…とか教えてくれるわけです。
ぼくはあまりロックのステージというものは見ていないのですが、今やる人はいないんじゃないかと答えました。あれはたぶん、いま自分が出している音では、自分の抱えている苦しみや情念をどうしても表現できないということの表出であって、あれをいつまでもやっていたらただのアホだろうと思ったわけです。
でも考えてみたら、そういった1回限りの表現方法をフーやジミヘンに使われてしまった後進の者たちは、本当に大変だなあと思えてきました。ロバート・フリップのカセットもそういうものだったのかもしれません。

ところで「水橋春夫グループ」ってご存知でした?
 

大は小をカメレオン

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年11月 9日(土)16時54分17秒
返信・引用 編集済
  Spirits of ancient Egypt, hung on Mr.中野真吾
>そのネーミングセンス

■つい1時間半ほど前に、札幌白陵高校『久保AB-ST元宏大先生講演会』担当関係者が、
私の講演の観客となる150人の高校1年生の生徒に、私が行った事前(笑)アンケートを、わざ&わざ我が社にまで持ってきてくれました。
アンケートの内容は、「好きなものベスト3」で映画や読んだ本など14項目と、住みたい場所、20歳を過ぎて住む街にあったらいいと思うもの、です。
彼らの回答は、なかなか興味深いのですが、おじさんには分からない固有名詞も多く、そのダイバーシティぶりが、楽しい(笑)
で、『久保AB-ST元宏大先生講演会』担当者から、こんなメールをいただきました。

こんにちは。
今日もホームルーム委員長と昼休みに集まりました。
昨日のうちに、
いつも自問する・・・・。誰でしょう?共犯新聞を閲覧する事
あさひサンライズホールのホームページを見ておく事、
それとシモのツイッターを見ておくように、
という宿題を出して質問を考えました。
結構面白い質問を考えた子がいて、楽しくなりました。
そこはお楽しみに…


■今や高校教師が生徒に、『共犯新聞』を読むように!と指導(?)する、とっても★いい時代になったのですねぇ(しみ&じみ&がくっ。)。
それにしても、今夜から『共犯新聞』はグラ祝杯できないのは、ビアの呪いかっ!?ビア★ふれ!ふれ!雨は降るな!ール特集ウィークに突入するのだ。いいのか、教育現場?
さて、『共犯新聞』1面と違い、めったに読まれない、ここ共犯ゲストブックを読んでくれている良い子だけに教えよう、
今月のグラのヒントは、『久保AB-ST元宏大先生講演会』が行われる11月15日

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

北の大地の大平原の大居酒屋で大酒を飲む大兄

 投稿者:中野真吾  投稿日:2019年11月 9日(土)00時51分56秒
返信・引用
  >札幌の白陵高校の体育館で『久保AB-ST元宏大先生講演会』が無料で開催されます。その後、ススキノの居酒屋で呑む予定です。いかがですか?
  ↑
なんと魅惑のお誘いでしょうか!ほとんど腰が砕けたんですが、残念ながら行けそうにありません。
しかしいつぞや書いた「いつかは北の大地で大兄と」という気持ちに変わりはないので、引き続きチャンスをうかがわせていただきます。
それにしても「大先生講演会」とはすごい。いや確かに「大」先生であるとわたくしも思うのですが、そのネーミングセンスに、かつて大山昇太が名付けた「大四畳半」を思い出したわけです。講演録または音源のアップを熱望するものであります。
 

たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私は『共犯新聞』を更新する。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年11月 8日(金)00時59分59秒
返信・引用 編集済
  Sold Mr.中野真吾 Mr.初老に捧ぐ。 ゆうたろう's sign,
Reach for the
機能は、注射嬢の中で寝た。stars,
Venus And Mars [reprise] ♪


「忌野清志郎混んな寄るに。トリビュート祭~岡山ロックンロールショー」

■北海道新聞の夕刊は、昨日&今日と、遠藤ミチロウの追悼特集記事「バイバイミチロウ」の上&下で、
彼の記事をブル新の読者が読むのか?とも思うほどに、現代のサブカル界は価値紊乱ですね。
雑誌『ユリイカ』の特集が、毎月、すごいことになっていますよね。ほとんど『共犯新聞』化しています。
で、今日の北海道新聞「バイバイミチロウ」下で引用されていたミチロウのコトバは、
2011年8月15日に福島市で行った野外イベントの記者会見で、「生きている限り何をするか常に考える」と静かに力を込めた瞬間。
ミチロウも、キヨシロウも、ユウタロウも、同じなんだろうな。
パンク(的)とは、そーゆーことなんだろう。
もちろん、そこには「ボブ・ディランはいま何を考えているか」って60年代ユース・カルチャともシームレスだし、表現って、そーゆーことなんだろうな。

>無償の情熱みたいなのがとても透明

中野真吾さんが岡山県の岡山市でゆうたろうのライブを観た日、
私は北海道の深川市で松井卓也のライブを観ました。下の3枚の写真が、それです。
彼らがRCサクセションの「スローバラード」を演奏したのは、岡山市で同曲が演奏されたのと、ほぼ同時刻です。
で、ゆうたろうが私の大学の後輩になる3年ほど前の1981年、
私の4つ上の大学の先輩ザ・ストリート・スライダースのライブを高円寺のライブ・ハウス『レッド・ハウス』に観に行ったら、
前座のスター・ファッカーズとゆーストーンズのモノマネ・バンドでチャボのモノマネでギターを弾いていたのが松井卓也でした。
松井卓也は私の高校の4つ上の先輩で、私が中学生の時にはハード・ロック・バンドでベースを弾いていたのを一度、高校の学祭で観ただけだったんですが(がくっ。)。
それから、アブノーマル・ストリッパーとスター・ファッカーズはライブ・ハウス『新宿ACB』などで何度も対バンをするんですが、今では2人とも地元で親の会社を継いで社長。がくっ。
そのライブのことは、今の『共犯新聞』に下記のように書いてあるんですが。

前座の♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die ファッカーズ松井さんのベースが、私が作詞した♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die「メビウスの虹」 初代YouTubeベーシスト野原くんなんすね?メイン『川成規』の友成好宏リーダーは、滝川の高校時代に妹背牛の関口さんとバンドをやっていた関係で、東京の♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die梶川朋希さんの店に出演していたのかな?友成さんのベースの♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die川内啓史が私の弟の義兄で、野原くんとは札幌時代からの友人で、いろいろ、ぐちゃぐちゃに、つながっているなぁー。松井卓也バンドが30分やった曲は、私は全曲、レコードやCDを持っています(笑)。この酒屋さんと大工さんの社長オールド・ガール・バンドは、フルファイトへの彼らなりのビール・パーティ・バンドとしての回答かも(笑)。メイン『川成規』のライブは、客は90分ほどかと思っていたら、1、2部構成で2時間半ほど。まぁ、それでも深川市のライブになれていない(?)客が飽きていなかったから、たいしたものでした。彼らは「技術屋の集まり」だからこそ、新しいことに恐れていましたね。友成さんは、上手いが、古臭いけれど、彼がいないとバンドは構築されないので、菊田くんの新しさが必要なのだし、そのバランスを川内くんがキープできないと、簡単に分解してしまう。1曲目は、音がバラバラでグルーブが無く、どーしたものか、と思っていました。ベースの音数が、足りなかったり、多過ぎたり、アンサンブルがはまらない~。でも、1部の中盤のギタリスト菊田規浩のオリジナル曲から、良くなって。その次の友成さんのオリジナル曲「ウォーター・フォール」で一気に音がまとまりました。1部最後のリー・リトナーの曲で川内くんチョッパー・ベースを派手に弾きまくり、やっぱ若さなのか、こっちのほうがハマりました。10分ほどの休憩後、2部は良くなっていて、ハイライトはオスカー・ピーターソン「Hymn To Freedom」でした♪

>清志郎に一生恋い焦がれることもできなかった。

■じゃあ、今、お前は今、何を「生きている限り何をするか常に考える」のか?ってことなんですが、今月の私のライブは、これです。

11月15日(金)1:30Pm~札幌の白陵高校の体育館で『久保AB-ST元宏大先生講演会』が無料で開催されます。その後、ススキノの居酒屋で呑む予定です。いかがですか?

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

清志郎にできなかったこと

 投稿者:中野真吾  投稿日:2019年11月 6日(水)19時18分39秒
返信・引用 編集済
  先週末、岡山市のライブハウス「デスペラード」で「忌野清志郎トリビュート祭~岡山ロックンロールショー」というイベントがありました。岡山のミュージシャンが集まってRCや清志郎のコピーをするというものなのですが、中心になってやっているのが、要は、ゆうたろうなのです。
ゆうたろうは中学生のころからバンドをやっていたんですが、中学時代の同級生5人で組んで高校3年間のめり込んだのが「文化屋雑貨店」というRCのコピーバンドでした。清志郎の死を契機に十年前にそのバンドを復活させ、このイベントを立ち上げたということで、ゆうたろうは、アコギ一本持っての弾き語り、タイマーズのコピーバンドのボーカル/ギター、文化屋雑貨店のギターと大車輪でした。
「日本で一番の完コピバンドを目指してやっていた」と言っていたとおり文化屋雑貨店のクオリティは高く、中学の仲間同士というのがちょっと信じられない感じ。ゆうたろうのギターも(エレキもアコギも)無茶苦茶にうまく、もともとはギタリストと聞いて「なるほど~」です。
全編コピーのイベントなのですが、1曲だけゆうたろうが「コピーバンド」というオリジナル曲を弾き語りでうたい、これが印象的でした。列を作ってライブの開場を待っている少年たちが、チケットを何度も眺めながら話をしている姿に、かつての自分を重ね合わせるうたで、明るく弾みながら「おれはバンドで、いまもバンドで」と歌いあげ、ラストでは「忌野清志郎、そうだあなたのせいで、あなたのせいだ、チャボのせいだ、リンコさんのせいだ、G2のせいだ、新井田耕造のせいだ、梅津和時のせいだ、片山広明のせいだ」と叫びます。創造だとか個性だとか何も考えず、ただひたすらあこがれの対象になりきって行こうとする、その無償の情熱みたいなのがとても透明なものに思えました。
音楽の中ではできないことなど何もなかったような清志郎ですが、ほんとうはできないことがいくつもあった。彼はRCの新譜の発売を待ちくたびれることもできなかったし、ライブの1曲目に息を詰めることもできなかった。清志郎が死んでしまった後に清志郎をコピーすることもできなかったし、清志郎に一生恋い焦がれることもできなかった。そんなことを思ったライブでした。
 

ネットというストリートにおけるチャンス・オペレーション

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 8月19日(月)02時10分44秒
返信・引用 編集済
  Oh Mr.泰弘さん feel like letting go♪
>1週に2回づつ骨髄用、抗がん剤投与

■私の知人にも同様な治療をされた方が何人かいらっしゃいますが、
その中では「体調はすこぶる良好」な方はいらっしゃらなかったので、どーも心配です。
どうか無理をせず、お大事になさってください。

>私、昭和20年の終戦時、小学2年生

■いやはや、私よりは大先輩とは思っていましたが、ブログを更新する世代としては最高齢かも?
私には、かつて1942年生まれの坂本愛犬ブハーリンでメタボ隠し。公雄とゆー、
超ディープな美術ブログを運営していた知人がいましたが、
さらに泰弘さんは年上ですので、好奇心の旺盛ぶりと情報の処理能力には驚き&感動&尊敬です。
また、その年齢であれば私の祖父(1901年生まれ)は泰弘さんのお父様の世代になりますよね~。なるほど。

>この(livedoor)と下記の(FC2)に、この5月Yahooからブログ移転しました。

■検査入院(?)&ご高齢(失礼!)で、よくぞ、このYahooわがまま地獄を乗り切りましたね♪お見事です。
私も同じ経験をさせていただきましたが、間違いなく数多くの方が移転の作業を断念されて、多くの情報が消えたことでしょう。
それは、文化の大きな欠落&損失となったはずです。
市井の文化を維持する社会的責任をYahooなどのネット管理会社は意識すべきです。
8月18日(日)5PmからのNHK-FMラジオで渋谷陽一が、「ネットというストリート」について語っていて、
かつて路地から文化が生まれたように、ネットが同様な役割を果たしていることを考えていたところでした。

「丘」の字は「兵站」(へいたん)の間違い

■ありがとうございます。
さっそく、「おじいちゃんの撃たれたい夜。支那事変 第6回」に書き加えて更新させていただきました。
さすがに私も「兵站」とゆー言葉は知っていたのですが、祖父が文字を間違えた、って発想にまでたどり着けませんでした。
これからも、ご指導のほどよろしくお願いします。

>後方連絡線の確保などを任務

■日向守さんとは、連絡がとれたでしょうか?
ネットというストリート」は戦後の焼け野原に近いので、出会いも別れも偶然ですので、
Yahooなどの結びつき以外の連絡のセーフティーネットが必要かもしれませんね。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

ご無沙汰です・・

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 8月17日(土)18時27分52秒
返信・引用
  久保さん、ご無沙汰しています。
6/17から3週間と、7/16から3週間の入院で8/7の退院でした。
1週に2回づつ骨髄用、抗がん剤投与なのですが・・体調はすこぶる良好な状態でしたので、入院は苦痛でした。
私、昭和20年の終戦時、小学2年生ですので、おのずと歳が知れております。↓
http://y294ma.livedoor.blog/archives/cat_361957.html

↑この(livedoor)と下記の(FC2)に、この5月Yahooからブログ移転しました。
【FC2】は  https://y294maself.blog.fc2.com/

お祖父さんの日記の内・・7月8日の5行目「丘」の字は「兵站」(へいたん)の間違いと思われます。
【兵站】= 戦場で後方に位置して、前線の部隊のために、軍需品・食糧・馬などの供給・補充や、後方連絡線の確保などを任務とする場所。

http://y294ma.livedoor.blog/http://

 

お引っ越しシンドローム

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 8月 1日(木)14時31分18秒
返信・引用 編集済
  Well Mr.泰弘さん was talking last night Magneto and Titanium Man♪
>ヤフーが12月から、ぶろぐ廃止を決定

私と同じっ
私のホームページ『共犯新聞』は2001年3月31日に開設したのですが、
元々のgeocitesがヤフー傘下に入り、2019年4月1日からヤフーがホームページも廃止にしたのです。
んで、私も泰弘さんの「fc2」と同じ系列の「hp2」へ2019年4月1日から引っ越ししたのです。
その引っ越しは、ずいぶん早い時期から『共犯新聞』1面の最上段に、
みなさまの『共犯新聞』のアドレスが「お気に入り」アドレスの変更を、してね♪変わりました。This hme page's address was changed !⇒http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

と、告知していたのですが、
しか・・・・・・・・・死?かし、
さすが『共犯新聞』の無料&無断愛読者のみなさまは、そーゆー細かいメンテはせずに、
毎日ほぼほぼ100アクセスだったカウンターも、2019年4月1日には突然!30アクセスに激減したのです~(微苦笑&がくっ。)。
その後、お通夜の席(?)なので、こっそりと、「ところで久保のホームページ、見れないんだけど。どした?」と聞かれては、説明するしだい。
それでも、こーして、私と面識がある方は聞いてきますが、
無断で見ている共犯ウオッチャーは、毎日の楽しみが無くなり(?)共犯ロス
なってさまよっているようです。
確かに、PCやスマホの検索では、まだ&まだ、古いURLを紹介しちゃうよーですしね。多くの方は、『共犯新聞』は廃刊したと思っているようです(笑)。
と、思えば、先日、twitter内で『共犯新聞』を検索すれば、私の知らない人々の間で、こんな感じで話題になっていたり(微苦笑)。

なるほど!インターネットサーフィンしてたら、
フツーに共犯新聞の記事が表示されてびっくりしたのですが…
移転していたのですね~!教えていただきありがとうございます??♂?
― ていたらく (@TeiTara2) 2019年4月20日

>私の体調は良好ですーー、6日頃退院です。

■あーん。つい、なんだか他の理由もありそうで、謎。
ドクター!風邪が治らない~って、普通そんなにすぐには治らないのかな?健康の理由でなければ良んだけど。
って、『共犯新聞』に書いちまったら、あらら、やっぱ泰弘さん、ご入院されていたのですか!
まぁ、それでも検査入院は、健康&予防などのためには、むしろ、どん&どん、入院すべきです♪
退院後にお時間があれば、引き続き私の祖父の手帳の読解アドバイスを、よろしくお願いいたします。
『共犯新聞』1面から消えても、ここに保存してありますので、ごゆっくりどうぞ♪

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/china-incident1938-0806.htm

>日向守さんとも、いまのところ連絡とれません。

■どーやら、そのよーですね。
泰弘さんのブログの引っ越し前後の、お二人のカキコミには温かい友情を感じます。
そんなお二人でも、私と同様、お互いの素性も住所も本名も(!)ご存知ない、っーのも、新しい世界に我らは住み始めて久しい、ってことなんでしょうねぇ~。
私も「小嶋日向守」で検索してみましたが、某博物館の学芸員的な方が出てきたので、日向守さん的だな~とは思いましたが、
ネットの世界のエチケット&モラルとしては、コミットしてゆくのには遠慮してしまいますよね~。
ただ、日向守さんが「他のヤフーブログからの移転を行っている方は、あのヤフーの引っ越しソフトを使うのはやめたほうが良いです。」と書かれていたことは、
私は知りませんでしたが、結果的に「ヤフーの引っ越しソフト」は使いませんでしたので、今のところ、引っ越しトラブル(?)は、ありません(笑)。

>使い勝手の悪いタブレットからでごめん

■泰弘さんが、不便な環境からでも、こうして一筆書いていただいたことに感謝申し上げます。
それにしても、『共犯新聞』にも書きましたが、
歴史とは、こーゆー多くの方の知識などを補いながら構築してゆく普段の情報整理の永久運動であり、だからこそ、記憶は人間と一緒に消えてゆくので、我々は記憶や記録に出会えた時には真摯に向き合い、次世代へバトン私と同じっを渡さなければならない。
ってコトの重要さを、さらに重く感じます。
ましてや、戦争の記憶であれば、なおさら。
泰弘さん、ありがとうございます。そして、お大事に♪

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

検査入院中

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 8月 1日(木)09時18分28秒
返信・引用
  久保さん、コメントをおおきにーー
ヤフーが12月から、ぶろぐ廃止を決定したので
止むなしlivedoor--とfc2に5月から移転しましたとたん
Yahoo!は使えなくなりました。
追い出された心境です。

私の体調は良好ですーー、6日頃退院です。
日向守さんとも、いまのところ連絡とれません。

使い勝手の悪いタブレットからでごめん

泰弘さん

 

すべてが「歴史」になって整理された未来からの目線の疑問。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 5月20日(月)15時01分9秒
返信・引用 編集済
  Mr.泰弘さん gave me the answer♪
>炊さん(炊爨)に掛ると・・

炊爨
すごい文字ですねー。薔薇や憂鬱よりも強烈な文字です。
拡大すれば、ですが、上から「興」と「林」と「大」と「火」と並び、それで意味も想像できますが、
むしろ、この字ずらを見ただけで、燃えている姿がイメージされちゃいます。
私が無知なのか、祖父の時代は、こーゆー漢字をすらすら書く市井の民がうじゃ&うじゃいた、ってことでしょうか。

>作戦の件に付いてはサッパリ判りません。

■これは、私が昨年12月4日に町内の無料古本市で入手した、
児島襄(こじま・のぼる、1927年1月26日~2001年3月27日)書物は、記録。日中戦争 Vol.3などの文献を読んで持った疑問です。
もちろん、戦争の作戦などは、すべてが終わってから全容が分かるわけで、
戦争の真っ最中には、どの位置で、何を行って、それがどんな効果があるのか?などは、むしろ把握できない方が当然なのかもしれません。
ですから私の疑問「1938年の武漢攻略作戦中なのに、なぜ祖父の部隊は南の漢口を目指さずに、北の曲沃を目指したのか?」は、
すべてが「歴史」になって整理された未来からの目線の疑問であり、
中国大陸の全域が戦場であった当時は、むしろ、こーゆー疑問が出るほうが疑問だったのかもしれませんね。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

11行目のみ修正・・

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 5月19日(日)21時48分51秒
返信・引用
  > 久保AB-ST元宏さん、お早うございます。
まず、解読の件ですが・・

11行目・・・朝食、半食のまま前進また前進。村落にて炊さん(炊爨)に掛ると・・
これ以外はOKですね。
作戦の件に付いてはサッパリ判りません。

https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/folder/989823.html

 

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