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大は小をカメレオン

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年11月 9日(土)16時54分17秒
返信・引用
  Spirits of ancient Egypt, hung on Mr.中野真吾
>そのネーミングセンス

■つい1時間半ほど前に、札幌白陵高校『久保AB-ST元宏大先生講演会』担当関係者が、
私の講演の観客となる150人の高校1年生の生徒に、私が行った事前(笑)アンケートを、わざ&わざ我が社にまで持ってきてくれました。
アンケートの内容は、「好きなものベスト3」で映画や読んだ本など14項目と、住みたい場所、20歳を過ぎて住む街にあったらいいと思うもの、です。
彼らの回答は、なかなか興味深いのですが、おじさんには分からない固有名詞も多く、そのダイバーシティぶりが、楽しい(笑)♪
で、『久保AB-ST元宏大先生講演会』担当者から、こんなメールをいただきました。

こんにちは。
今日もホームルーム委員長と昼休みに集まりました。
昨日のうちに、
いつも自問する・・・・。誰でしょう?共犯新聞を閲覧する事
あさひサンライズホールのホームページを見ておく事、
それとシモのツイッターを見ておくように、
という宿題を出して質問を考えました。
結構面白い質問を考えた子がいて、楽しくなりました。
そこはお楽しみに…


■今や高校教師が生徒に、『共犯新聞』を読むように!と指導(?)する、とっても★いい時代になったのですねぇ(しみ&じみ&がくっ。)。
それにしても、今夜から『共犯新聞』はグラ祝杯できないのは、ビアの呪いかっ!?ビア★ふれ!ふれ!雨は降るな!ール特集ウィークに突入するのだ。いいのか、教育現場?
さて、『共犯新聞』1面と違い、めったに読まれない、ここ共犯ゲストブックを読んでくれている良い子だけに教えよう、
今月のグラのヒントは、『久保AB-ST元宏大先生講演会』が行われる11月15日

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 
 

北の大地の大平原の大居酒屋で大酒を飲む大兄

 投稿者:中野真吾  投稿日:2019年11月 9日(土)00時51分56秒
返信・引用
  >札幌の白陵高校の体育館で『久保AB-ST元宏大先生講演会』が無料で開催されます。その後、ススキノの居酒屋で呑む予定です。いかがですか?
  ↑
なんと魅惑のお誘いでしょうか!ほとんど腰が砕けたんですが、残念ながら行けそうにありません。
しかしいつぞや書いた「いつかは北の大地で大兄と」という気持ちに変わりはないので、引き続きチャンスをうかがわせていただきます。
それにしても「大先生講演会」とはすごい。いや確かに「大」先生であるとわたくしも思うのですが、そのネーミングセンスに、かつて大山昇太が名付けた「大四畳半」を思い出したわけです。講演録または音源のアップを熱望するものであります。
 

たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私は『共犯新聞』を更新する。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年11月 8日(金)00時59分59秒
返信・引用 編集済
  Sold Mr.中野真吾 Mr.初老に捧ぐ。 ゆうたろう's sign,
Reach for the
機能は、注射嬢の中で寝た。stars,
Venus And Mars [reprise] ♪


「忌野清志郎混んな寄るに。トリビュート祭~岡山ロックンロールショー」

■北海道新聞の夕刊は、昨日&今日と、遠藤ミチロウの追悼特集記事「バイバイミチロウ」の上&下で、
彼の記事をブル新の読者が読むのか?とも思うほどに、現代のサブカル界は価値紊乱ですね。
雑誌『ユリイカ』の特集が、毎月、すごいことになっていますよね。ほとんど『共犯新聞』化しています。
で、今日の北海道新聞「バイバイミチロウ」下で引用されていたミチロウのコトバは、
2011年8月15日に福島市で行った野外イベントの記者会見で、「生きている限り何をするか常に考える」と静かに力を込めた瞬間。
ミチロウも、キヨシロウも、ユウタロウも、同じなんだろうな。
パンク(的)とは、そーゆーことなんだろう。
もちろん、そこには「ボブ・ディランはいま何を考えているか」って60年代ユース・カルチャともシームレスだし、表現って、そーゆーことなんだろうな。

>無償の情熱みたいなのがとても透明

中野真吾さんが岡山県の岡山市でゆうたろうのライブを観た日、
私は北海道の深川市で松井卓也のライブを観ました。下の3枚の写真が、それです。
彼らがRCサクセションの「スローバラード」を演奏したのは、岡山市で同曲が演奏されたのと、ほぼ同時刻です。
で、ゆうたろうが私の大学の後輩になる3年ほど前の1981年、
私の4つ上の大学の先輩ザ・ストリート・スライダースのライブを高円寺のライブ・ハウス『レッド・ハウス』に観に行ったら、
前座のスター・ファッカーズとゆーストーンズのモノマネ・バンドでチャボのモノマネでギターを弾いていたのが松井卓也でした。
松井卓也は私の高校の4つ上の先輩で、私が中学生の時にはハード・ロック・バンドでベースを弾いていたのを一度、高校の学祭で観ただけだったんですが(がくっ。)。
それから、アブノーマル・ストリッパーとスター・ファッカーズはライブ・ハウス『新宿ACB』などで何度も対バンをするんですが、今では2人とも地元で親の会社を継いで社長。がくっ。
そのライブのことは、今の『共犯新聞』に下記のように書いてあるんですが。

前座の♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die ファッカーズ松井さんのベースが、私が作詞した♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die「メビウスの虹」 初代YouTubeベーシスト野原くんなんすね?メイン『川成規』の友成好宏リーダーは、滝川の高校時代に妹背牛の関口さんとバンドをやっていた関係で、東京の♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die梶川朋希さんの店に出演していたのかな?友成さんのベースの♪Too Old To Rock And Roll , Too Young To Die川内啓史が私の弟の義兄で、野原くんとは札幌時代からの友人で、いろいろ、ぐちゃぐちゃに、つながっているなぁー。松井卓也バンドが30分やった曲は、私は全曲、レコードやCDを持っています(笑)。この酒屋さんと大工さんの社長オールド・ガール・バンドは、フルファイトへの彼らなりのビール・パーティ・バンドとしての回答かも(笑)。メイン『川成規』のライブは、客は90分ほどかと思っていたら、1、2部構成で2時間半ほど。まぁ、それでも深川市のライブになれていない(?)客が飽きていなかったから、たいしたものでした。彼らは「技術屋の集まり」だからこそ、新しいことに恐れていましたね。友成さんは、上手いが、古臭いけれど、彼がいないとバンドは構築されないので、菊田くんの新しさが必要なのだし、そのバランスを川内くんがキープできないと、簡単に分解してしまう。1曲目は、音がバラバラでグルーブが無く、どーしたものか、と思っていました。ベースの音数が、足りなかったり、多過ぎたり、アンサンブルがはまらない~。でも、1部の中盤のギタリスト菊田規浩のオリジナル曲から、良くなって。その次の友成さんのオリジナル曲「ウォーター・フォール」で一気に音がまとまりました。1部最後のリー・リトナーの曲で川内くんチョッパー・ベースを派手に弾きまくり、やっぱ若さなのか、こっちのほうがハマりました。10分ほどの休憩後、2部は良くなっていて、ハイライトはオスカー・ピーターソン「Hymn To Freedom」でした♪

>清志郎に一生恋い焦がれることもできなかった。

■じゃあ、今、お前は今、何を「生きている限り何をするか常に考える」のか?ってことなんですが、今月の私のライブは、これです。

11月15日(金)1:30Pm~札幌の白陵高校の体育館で『久保AB-ST元宏大先生講演会』が無料で開催されます。その後、ススキノの居酒屋で呑む予定です。いかがですか?

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

清志郎にできなかったこと

 投稿者:中野真吾  投稿日:2019年11月 6日(水)19時18分39秒
返信・引用 編集済
  先週末、岡山市のライブハウス「デスペラード」で「忌野清志郎トリビュート祭~岡山ロックンロールショー」というイベントがありました。岡山のミュージシャンが集まってRCや清志郎のコピーをするというものなのですが、中心になってやっているのが、要は、ゆうたろうなのです。
ゆうたろうは中学生のころからバンドをやっていたんですが、中学時代の同級生5人で組んで高校3年間のめり込んだのが「文化屋雑貨店」というRCのコピーバンドでした。清志郎の死を契機に十年前にそのバンドを復活させ、このイベントを立ち上げたということで、ゆうたろうは、アコギ一本持っての弾き語り、タイマーズのコピーバンドのボーカル/ギター、文化屋雑貨店のギターと大車輪でした。
「日本で一番の完コピバンドを目指してやっていた」と言っていたとおり文化屋雑貨店のクオリティは高く、中学の仲間同士というのがちょっと信じられない感じ。ゆうたろうのギターも(エレキもアコギも)無茶苦茶にうまく、もともとはギタリストと聞いて「なるほど~」です。
全編コピーのイベントなのですが、1曲だけゆうたろうが「コピーバンド」というオリジナル曲を弾き語りでうたい、これが印象的でした。列を作ってライブの開場を待っている少年たちが、チケットを何度も眺めながら話をしている姿に、かつての自分を重ね合わせるうたで、明るく弾みながら「おれはバンドで、いまもバンドで」と歌いあげ、ラストでは「忌野清志郎、そうだあなたのせいで、あなたのせいだ、チャボのせいだ、リンコさんのせいだ、G2のせいだ、新井田耕造のせいだ、梅津和時のせいだ、片山広明のせいだ」と叫びます。創造だとか個性だとか何も考えず、ただひたすらあこがれの対象になりきって行こうとする、その無償の情熱みたいなのがとても透明なものに思えました。
音楽の中ではできないことなど何もなかったような清志郎ですが、ほんとうはできないことがいくつもあった。彼はRCの新譜の発売を待ちくたびれることもできなかったし、ライブの1曲目に息を詰めることもできなかった。清志郎が死んでしまった後に清志郎をコピーすることもできなかったし、清志郎に一生恋い焦がれることもできなかった。そんなことを思ったライブでした。
 

ネットというストリートにおけるチャンス・オペレーション

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 8月19日(月)02時10分44秒
返信・引用 編集済
  Oh Mr.泰弘さん feel like letting go♪
>1週に2回づつ骨髄用、抗がん剤投与

■私の知人にも同様な治療をされた方が何人かいらっしゃいますが、
その中では「体調はすこぶる良好」な方はいらっしゃらなかったので、どーも心配です。
どうか無理をせず、お大事になさってください。

>私、昭和20年の終戦時、小学2年生

■いやはや、私よりは大先輩とは思っていましたが、ブログを更新する世代としては最高齢かも?
私には、かつて1942年生まれの坂本愛犬ブハーリンでメタボ隠し。公雄とゆー、
超ディープな美術ブログを運営していた知人がいましたが、
さらに泰弘さんは年上ですので、好奇心の旺盛ぶりと情報の処理能力には驚き&感動&尊敬です。
また、その年齢であれば私の祖父(1901年生まれ)は泰弘さんのお父様の世代になりますよね~。なるほど。

>この(livedoor)と下記の(FC2)に、この5月Yahooからブログ移転しました。

■検査入院(?)&ご高齢(失礼!)で、よくぞ、このYahooわがまま地獄を乗り切りましたね♪お見事です。
私も同じ経験をさせていただきましたが、間違いなく数多くの方が移転の作業を断念されて、多くの情報が消えたことでしょう。
それは、文化の大きな欠落&損失となったはずです。
市井の文化を維持する社会的責任をYahooなどのネット管理会社は意識すべきです。
8月18日(日)5PmからのNHK-FMラジオで渋谷陽一が、「ネットというストリート」について語っていて、
かつて路地から文化が生まれたように、ネットが同様な役割を果たしていることを考えていたところでした。

「丘」の字は「兵站」(へいたん)の間違い

■ありがとうございます。
さっそく、「おじいちゃんの撃たれたい夜。支那事変 第6回」に書き加えて更新させていただきました。
さすがに私も「兵站」とゆー言葉は知っていたのですが、祖父が文字を間違えた、って発想にまでたどり着けませんでした。
これからも、ご指導のほどよろしくお願いします。

>後方連絡線の確保などを任務

■日向守さんとは、連絡がとれたでしょうか?
ネットというストリート」は戦後の焼け野原に近いので、出会いも別れも偶然ですので、
Yahooなどの結びつき以外の連絡のセーフティーネットが必要かもしれませんね。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

ご無沙汰です・・

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 8月17日(土)18時27分52秒
返信・引用
  久保さん、ご無沙汰しています。
6/17から3週間と、7/16から3週間の入院で8/7の退院でした。
1週に2回づつ骨髄用、抗がん剤投与なのですが・・体調はすこぶる良好な状態でしたので、入院は苦痛でした。
私、昭和20年の終戦時、小学2年生ですので、おのずと歳が知れております。↓
http://y294ma.livedoor.blog/archives/cat_361957.html

↑この(livedoor)と下記の(FC2)に、この5月Yahooからブログ移転しました。
【FC2】は  https://y294maself.blog.fc2.com/

お祖父さんの日記の内・・7月8日の5行目「丘」の字は「兵站」(へいたん)の間違いと思われます。
【兵站】= 戦場で後方に位置して、前線の部隊のために、軍需品・食糧・馬などの供給・補充や、後方連絡線の確保などを任務とする場所。

http://y294ma.livedoor.blog/http://

 

お引っ越しシンドローム

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 8月 1日(木)14時31分18秒
返信・引用 編集済
  Well Mr.泰弘さん was talking last night Magneto and Titanium Man♪
>ヤフーが12月から、ぶろぐ廃止を決定

私と同じっ
私のホームページ『共犯新聞』は2001年3月31日に開設したのですが、
元々のgeocitesがヤフー傘下に入り、2019年4月1日からヤフーがホームページも廃止にしたのです。
んで、私も泰弘さんの「fc2」と同じ系列の「hp2」へ2019年4月1日から引っ越ししたのです。
その引っ越しは、ずいぶん早い時期から『共犯新聞』1面の最上段に、
みなさまの『共犯新聞』のアドレスが「お気に入り」アドレスの変更を、してね♪変わりました。This hme page's address was changed !⇒http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

と、告知していたのですが、
しか・・・・・・・・・死?かし、
さすが『共犯新聞』の無料&無断愛読者のみなさまは、そーゆー細かいメンテはせずに、
毎日ほぼほぼ100アクセスだったカウンターも、2019年4月1日には突然!30アクセスに激減したのです~(微苦笑&がくっ。)。
その後、お通夜の席(?)なので、こっそりと、「ところで久保のホームページ、見れないんだけど。どした?」と聞かれては、説明するしだい。
それでも、こーして、私と面識がある方は聞いてきますが、
無断で見ている共犯ウオッチャーは、毎日の楽しみが無くなり(?)共犯ロス
なってさまよっているようです。
確かに、PCやスマホの検索では、まだ&まだ、古いURLを紹介しちゃうよーですしね。多くの方は、『共犯新聞』は廃刊したと思っているようです(笑)。
と、思えば、先日、twitter内で『共犯新聞』を検索すれば、私の知らない人々の間で、こんな感じで話題になっていたり(微苦笑)。

なるほど!インターネットサーフィンしてたら、
フツーに共犯新聞の記事が表示されてびっくりしたのですが…
移転していたのですね~!教えていただきありがとうございます??♂?
― ていたらく (@TeiTara2) 2019年4月20日

>私の体調は良好ですーー、6日頃退院です。

■あーん。つい、なんだか他の理由もありそうで、謎。
ドクター!風邪が治らない~って、普通そんなにすぐには治らないのかな?健康の理由でなければ良んだけど。
って、『共犯新聞』に書いちまったら、あらら、やっぱ泰弘さん、ご入院されていたのですか!
まぁ、それでも検査入院は、健康&予防などのためには、むしろ、どん&どん、入院すべきです♪
退院後にお時間があれば、引き続き私の祖父の手帳の読解アドバイスを、よろしくお願いいたします。
『共犯新聞』1面から消えても、ここに保存してありますので、ごゆっくりどうぞ♪

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/china-incident1938-0806.htm

>日向守さんとも、いまのところ連絡とれません。

■どーやら、そのよーですね。
泰弘さんのブログの引っ越し前後の、お二人のカキコミには温かい友情を感じます。
そんなお二人でも、私と同様、お互いの素性も住所も本名も(!)ご存知ない、っーのも、新しい世界に我らは住み始めて久しい、ってことなんでしょうねぇ~。
私も「小嶋日向守」で検索してみましたが、某博物館の学芸員的な方が出てきたので、日向守さん的だな~とは思いましたが、
ネットの世界のエチケット&モラルとしては、コミットしてゆくのには遠慮してしまいますよね~。
ただ、日向守さんが「他のヤフーブログからの移転を行っている方は、あのヤフーの引っ越しソフトを使うのはやめたほうが良いです。」と書かれていたことは、
私は知りませんでしたが、結果的に「ヤフーの引っ越しソフト」は使いませんでしたので、今のところ、引っ越しトラブル(?)は、ありません(笑)。

>使い勝手の悪いタブレットからでごめん

■泰弘さんが、不便な環境からでも、こうして一筆書いていただいたことに感謝申し上げます。
それにしても、『共犯新聞』にも書きましたが、
歴史とは、こーゆー多くの方の知識などを補いながら構築してゆく普段の情報整理の永久運動であり、だからこそ、記憶は人間と一緒に消えてゆくので、我々は記憶や記録に出会えた時には真摯に向き合い、次世代へバトン私と同じっを渡さなければならない。
ってコトの重要さを、さらに重く感じます。
ましてや、戦争の記憶であれば、なおさら。
泰弘さん、ありがとうございます。そして、お大事に♪

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

検査入院中

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 8月 1日(木)09時18分28秒
返信・引用
  久保さん、コメントをおおきにーー
ヤフーが12月から、ぶろぐ廃止を決定したので
止むなしlivedoor--とfc2に5月から移転しましたとたん
Yahoo!は使えなくなりました。
追い出された心境です。

私の体調は良好ですーー、6日頃退院です。
日向守さんとも、いまのところ連絡とれません。

使い勝手の悪いタブレットからでごめん

泰弘さん

 

すべてが「歴史」になって整理された未来からの目線の疑問。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 5月20日(月)15時01分9秒
返信・引用 編集済
  Mr.泰弘さん gave me the answer♪
>炊さん(炊爨)に掛ると・・

炊爨
すごい文字ですねー。薔薇や憂鬱よりも強烈な文字です。
拡大すれば、ですが、上から「興」と「林」と「大」と「火」と並び、それで意味も想像できますが、
むしろ、この字ずらを見ただけで、燃えている姿がイメージされちゃいます。
私が無知なのか、祖父の時代は、こーゆー漢字をすらすら書く市井の民がうじゃ&うじゃいた、ってことでしょうか。

>作戦の件に付いてはサッパリ判りません。

■これは、私が昨年12月4日に町内の無料古本市で入手した、
児島襄(こじま・のぼる、1927年1月26日~2001年3月27日)書物は、記録。日中戦争 Vol.3などの文献を読んで持った疑問です。
もちろん、戦争の作戦などは、すべてが終わってから全容が分かるわけで、
戦争の真っ最中には、どの位置で、何を行って、それがどんな効果があるのか?などは、むしろ把握できない方が当然なのかもしれません。
ですから私の疑問「1938年の武漢攻略作戦中なのに、なぜ祖父の部隊は南の漢口を目指さずに、北の曲沃を目指したのか?」は、
すべてが「歴史」になって整理された未来からの目線の疑問であり、
中国大陸の全域が戦場であった当時は、むしろ、こーゆー疑問が出るほうが疑問だったのかもしれませんね。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

11行目のみ修正・・

 投稿者:泰弘さん  投稿日:2019年 5月19日(日)21時48分51秒
返信・引用
  > 久保AB-ST元宏さん、お早うございます。
まず、解読の件ですが・・

11行目・・・朝食、半食のまま前進また前進。村落にて炊さん(炊爨)に掛ると・・
これ以外はOKですね。
作戦の件に付いてはサッパリ判りません。

https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/folder/989823.html

 

世界はぐちゃぐちゃだがニヒリズムに閉じず、狂気を正しく使って生きのびる

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 3月24日(日)02時00分27秒
返信・引用 編集済
  Mr.中野真吾 can’t go wrong, love in song♪
>世界からハズれてしまっている表現者と社会を完成の方向に構築していこうとする議員がどう同居できるのか

■右だろーが、左だろーが、上だろーが、下だろーが、黒だろーが、白だろーが、
そんなタコツボ内で安心して傷と唇をなめ合うことに私は違和感を感じてしまうから、なのでしょう。
それを「愛」と呼ぶラブ・ソングにも私は違和感を感じてしまいます。
たぶん私には、居場所が無い、んでしょうね(笑)。
「政治」家であれば、ある程度のボリュームの層に意図的(←「意図」=「政治」)に寄り添うのがマーケティングとして正しいのでしょう。
残念ながら私は政治家ではなく、思想家なのです。

>世界に違和感しかない者は世界を再構築しようとせずにいられない

■もしくは、自殺するか、同好会を作るか、地下室のSMクラブに通うか、ひきこもりになるか、『ナカノ通信』を発行するか(笑)。
私は、愛すべき芸術家や尊敬すべき表現者にまで違和感を感じてしまうヘソマガリなので、その先の「同居」としてのイナカの「政治家」なのでしょう。

>既成の社会が内包している機能を動かそうとしている

■そうです。つまり、私はシステムを変えたい
政治の、社会の、思想の、つき合い方の、表現の、出会いの、生き方の、考え方の、感じ方のシステムを変えたい

>やりたいことは一つなのに方法はいくつもあって、たぶん経過も結果もすこしずつ違っているというのは、幸福

■それは、たぶん、システムの実験(にも、なっている)。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

それが男のみちならば

 投稿者:中野真吾  投稿日:2019年 3月23日(土)10時10分18秒
返信・引用
  くぼ元宏通信10号、送っていただいてありがとうございます。同封の「紙クズ」ともども、楽しく読ませていただきました。夜高あんどん保存会の手ぬぐいもありがとうございます。今度の山登り~温泉にはぜひこの手ぬぐいで、と思っています。
久保さんのことを知ってから、世界からハズれてしまっている表現者と社会を完成の方向に構築していこうとする議員がどう同居できるのか関心を持っていましたが、何か少し実感できたようなような気がします。ごく素直に、世界に違和感しかない者は世界を再構築しようとせずにいられないといったことで、その手段の一つとして、既成の社会が内包している機能を動かそうとしているということでしょうか。もしそうなら率直ではあるけれど困難な道で、そこを歩こうとしておられることに素直に敬意を表します。(つまりそれが「世界はぐちゃぐちゃだがニヒリズムに閉じず、狂気を正しく使って生きのびる」ということだと思えました)
久保さんに伝えたいことがあると、掲示板にしようか手紙を書こうかフェイスブックにしようかナカノ通信にしようかいつも迷うのですが、今回は掲示板に書かせていただきました。やりたいことは一つなのに方法はいくつもあって、たぶん経過も結果もすこしずつ違っているというのは、幸福なことなのだと思います。
 

書は人なり。

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 2月21日(木)11時23分55秒
返信・引用 編集済
  If there’s a ROCK SHOW at the Mr.泰弘's blog♪
>日向守さんが解読してくれるかも・・・

■私が『共犯新聞』1面トップに「おじいちゃんの撃たれたい夜。支那事変 第3回」をUPした直後に、
またしても『泰弘さんの【追憶の記】です・・・』の泰弘さん&小嶋日向守さんに、祖父の文字を解読していただき、ありがとうございます♪
■私も祖父の文字を読み進めてきて、少しは崩し文字(?)を読めるようになってはきましたが、
泰弘さんのご指摘「(下段8行目) 二三発 落下した ?前回出てきた發の字」の通り、前回出てきたのに、気づかずにスルーしてしまい、反省~。
■また、お二人ともスグに読んじゃう「朝」は、小嶋日向守さんの解説で分かりましたが、
なるほど行書体のこれが、「朝」の崩し文字!よりも、より草書体のこれが、「朝」の崩し文字!に近い。
この草書体は、私には「朝」よりも「戦」に近く見えてしまうのですが、やはり、これは圧倒的ながーーーーーーん!教養の差ですね。反省リプリーズ~。
また、このことにより、私の祖父@1901年金沢市生まれ世代にとっては、草書体が主流だった?との仮説が堅牢に感じてきます。
先日、私の高校時代の同級生で石屋を経営しながら書家をしている男と久しぶりに呑んだのですが、「文字を知る」から「文字を作る」に進む境地の深さを語ってくれました。
確かに文字を読み込むだけで、祖父に多面的に深く近づくことができています。
あらためて、お二人に感謝を申し上げます。
前回ここに、「この祖父の戦記手帳の連載は、毎月1回づつ続けていきたい」と書いていながら、さっそく1月はサボってしまいました。
どうか、泰弘さん、引き続き、長い目で(笑)ご指導をよろしくお願いいたします。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

最終行は不明

 投稿者:泰弘  投稿日:2019年 2月16日(土)17時52分53秒
返信・引用
  > 久保AB-ST元宏さん・・お久しぶりです。

(写真上段2行目) 萬難を受け
(写真下段11行目) 萬難を排し  ?この2か所は同じ字

(上段最終行) 早朝 交戦止まず

(下段6行目) 火を発し
(下段8行目) 二三発 落下した ?前回出てきた發の字

(下段最終行目)彼〇ママニ ?は 判りません。
 日向守さんが解読してくれるかも・・・

https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself

 

祖父の戦記手帳の連載は、毎月1回づつ続けていきたいと考えています~♪

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2019年 1月 6日(日)17時08分11秒
返信・引用 編集済
  Follows Mr.泰弘, Venus and Mars are alright tonight♪
>応戦2時間

■泰弘さん、そして泰弘さんのブログ『泰弘さんの【追憶の記】です・・・』掲示板で即対応していただいた小嶋日向守さん、
私が『共犯新聞』1面トップに「おじいちゃんの撃たれたい夜。支那事変 第2回」をUPした2018年12月29日(土) 午後4時49分から約5時間後(!)には、
全て解読していただき、ありがとうございます♪
それなのに、私からのお礼が1週間後になってしまい、たいへん恐縮です。
私はスマホとか携帯電話のたぐいを持っていないので、パソコンから離れると、まったく事情から離れてしまうのです。すみません。
今回は、年末&年始を急に福岡&熊本で過ごすこととなり、飛行機のチケットを12月28日に取り、ホテルを29日にとり、30日の飛行機で福岡に行ってた
のでした~。がくっ。

>出征兵士の外地からの帰還は、輸送船不足で昭和21年頃から始まり

■なるほど。そう考えれば、今回、入手した親戚の手記も合点がいきますね。
私の祖父の戦争の手記を『共犯新聞』で紹介したおかげで、泰弘さん&小嶋日向守さんとも知り合えましたし、
私の祖父のルーツにもっとも近い親戚とも再会できました。
急がば回れ(?)ではありませんが、こうして間接的に事象を置くことで、直接よりも、より交流が深いところから始めることができるのは、とてもスゴイことですし、
インターネットはヘイトなどで評価が下がり気味ですが、我らのような行為が再びインターネットの価値を引き上げることになるべきだ・と、私は確信しています。
そうそう、年末には私の住む沼田町の無料の古本市で、児島譲『日中戦争VOL3/1937-1945』(1984年7月1日、初版、文藝春秋)を入手いたしました。
こうして私の愚かな脳味噌を鍛えていきたいと考えています。
この祖父の戦記手帳の連載は、毎月1回づつ続けていきたいと考えていますので、泰弘さん、長い目で(笑)ご指導をよろしくお願いいたします。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

全て解読です・・

 投稿者:泰弘  投稿日:2018年12月30日(日)08時26分38秒
返信・引用
  > 久保AB-ST元宏さん、お早うございます。
祖父さまの字は、丁寧な字ですので解読はしやすいですね。
(3行目)応戦2時間にて一時止む
(9行目)当地引き揚げの下(もと、または事)
(13行目)前進意の如くならず
(15行目)夕食の仕度中、両高地より敵の射撃を受け、食事もそこそこに前進す。
(次12行目)両側の高地に進み
以上の様になります。
http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html・・のサイト。

私の知る限り、出征兵士の外地からの帰還は、輸送船不足で昭和21年頃から始まり、シベリア抑留者などは昭和25~6年帰還というのが普通でした。

https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/37891113.html#37892042http://

 

君は僕の絵を描く、僕は別の僕に変わる

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2018年12月21日(金)11時12分17秒
返信・引用 編集済
  Were searching Mr.中野真吾, for the band on the run
相似形の現実例として示されたのが「誰も僕の絵を描けないだろう」というだけで感涙なのに、遠藤ミチロウがうたっているのは、わが岡山県の笠岡市にある「カフェ・ド萌」

■そりゃ&また、すげー超法規的&超放棄的なグーゼン♪
あの私の記事 「ゲーム世代の言語化、もしくは、異邦人とザムザの結婚」は、
実は翌日に沼田町議会で、私から町長に一般質問『金平町長の政治違う文字は、「宏」?「議」?手法を問う』を行う準備をしていたんだけど、
どーも気持ちが乗らず(笑)、
脳味噌のレッスンとして、11月9日に行われた『2018年度 誰も僕の絵を描けないだろう。沼田学園公開研究大会』を自動筆記(!)の手法で論じてみたんです。
横軸では、「ぼくらは理解し合えない」現場としての教育を、私が自動筆記で書いてしまった(笑)天才的かつ詩的なラインの「異邦人とザムザの結婚」に置き換え、
さらに、それを歌に消化&昇華&唱歌した現実例として、友部正人さんの超名曲「誰も僕の絵を描けないだろう」に結び付けたのです。
んで、縦軸に同じ曲を時間と表現者を替え、つまり、「相似形の現実例として」遠藤ミチロウさんの今年8月4日のライブ動画へと結びつけて、
私の脳内バーチャル空間をでっちあげたわけです。
そして、今年ほぼほぼ最後の共犯ゲストブック書き込みで、
ミチロウさんが、あの動画の直後の8月中旬に体調不良により医師の診察を受け、8月下旬に入院、
検査を受け、すい臓がんであることが判明し、手術を10月22日に行い、自宅で療養&リハビリ中、
って、あの動画の意味を、こーして、ここに書き留める機会を中野さんから与えていただき、
早川義夫さんも今年から歌から遠ざかっているし、メリー・クリスマス!

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

カフェ・ド萌だ!

 投稿者:中野真吾  投稿日:2018年12月19日(水)21時49分17秒
返信・引用
  いや感激ですね~。
大兄の問題提起とかみ合ってるかどうかわかりませんが、「ゲーム世代の言語化、もしくは、異邦人とザムザの結婚」にあった動画、相似形の現実例として示されたのが「誰も僕の絵を描けないだろう」というだけで感涙なのに、遠藤ミチロウがうたっているのは、わが岡山県の笠岡市にある「カフェ・ド萌」ではないですか!
笠岡市にはぼくのスピリチュアルな意味での姐御みたいな人がいて、ずっとライブなど行ってなかったぼくを「あんたあがた森魚好きじゃろう」と誘ってくれたのが萌でのあがた森魚ライブでした。そこでまた大昔の知人に会ったこともあって虫が起きだしました。しばらくしてまたあがた森魚のライブに行き、早川義夫+佐久間正英に行き、早川義夫+熊坂路得子に行き、またまたあがた森魚に行き、遠藤ミチロウに行き、今年の5月には平井正也に行ったのがカフェ・ド萌です。2年に1回くらいですが、かけがえのないライブに行かせてもらっています。
添付されているミチロウのライブは今年のもので、ぼくが行ったライブではないですが、それにしても…です。そういえばどれかのライブの後、姐御に連れられて行った店で初めて飲んだのがラフロイグ15年で(姐御の父君のボトルを勝手に飲ませていただいた)、一口飲んだ瞬間に「ああおいしい…!」という言葉が転がり出てきました。

また萌に行かなくては!ありがとうございました。

 

キワモノ・マイ・ハウス

 投稿者:久保AB-ST元宏  投稿日:2018年12月12日(水)12時16分3秒
返信・引用 編集済
  Oh Mr.つぶやきシローも、やっているのだろうか?ナベブルトン男爵 ever left alive in 1985, will ever do♪
>久保さん紹介してくれたブラック浦さん

■私をジミー・ペイジな歴史のページ。ナベブルトン男爵に紹介してくれたのは、どらーる坂本公雄翁かと思っていたら、
そーか!ブラック(笑)浦澤貴雅@美術フリーペーパー『elan』だったのかっ。・・・すっかり、忘れていました。がくっ。
実は私は、浦澤さんから原稿を頼まれて『elan』に書いたけれど、彼とはいまだに(?)一度も会っていないんだよね~。
そも&そも、まだ生きているのか?政治の闇に、もぐりっぱなしなのか?
■ナベちゃんが大阪に戻ってから、
2010年10月30日~1月30日に札幌芸術の森美術館で『美術評論家なかがわ・つかさ』展が開催されたんだよね。
今から考えても、地方の美術評論家で展覧会をやるなんて、すげえ企画だし、センスぐんばつ。
そこの展示の最後の最後に、『elan』が展示されていて、私は凍り付いたよ(笑)。
もしも、ブラック浦さんが中途半端な選挙に溺れず、どらーる坂本が死なず、久保が本気になっていて、ナベちゃんの画廊『エルエテ』が黒字(?)で、
この4人が同時期に結び付いていたら、北海道の画壇=美術界=美術史も、もっと面白くなっていたかも?とか(微苦笑)。
まぁ、ほんとに、超ニアミスな4人だったんでした~。

>ロック聴いてるだけでキワモノな中学の時にキワモノ中キワモノのクィーン

■うん。あの頃、北海道新聞の国際面(←文化面では無く~。)のコラムにキッスの写真が掲載され、
単なるキワモノ=ゲテモノな話題で、
確かに厚顔無恥な中学生の私は、その写真が怖かった(笑)。
その少し前にNHKで日本のバンドが化粧をして腰をくねくねして歌っていて、気持ち悪かった。もしかしたら、サンハウスかな?
そうそう、ロックってキワモノだった。
今回のキング・クリムゾン札幌ライブに私と一緒に行った方は、1952年に芦別市の炭鉱で産まれ高校まで過ごして、
1960年安保の時は、クラスメイトに「あんぽくん」とゆー少年がいて、彼を「あんぽ、反対!」と、からかって、
中学生の時に三島由紀夫の盾の会のユニフォームが話題になり、三島が割腹自殺したのにショックを受け、自衛隊に入り、
その後、クラッシック好きがこうじて音楽の教員になり、校長へ。
いわば、クリムゾンど真ん中世代なんですが、彼が言うには、
当時は「ロックを聴いている人は、マイナーでしたよね。
少し前にビートルズがはやり、すぐグループサウンズになり、
それから、あっ!とゆーまに、フォークの時代になり、みんな吉田拓郎とか聴いていましたから、
ロックなんて、誰が聴いていたんだろう?」ってな、ことらしいです(笑)。
その方と同じ高校の数年後の後輩が、今でも芦別駅前でロックバー『ディラン』をやっているのに、このロック格差社会(笑)!
ロックとゆー難民キャンプ『デリンジャー』へようこそ、なんだわなぁ~。

http://kyouhanshinbun.hp2.jp/index.html

 

思えばカモンちゃんとこ、紹介してから何年になるかしら。

 投稿者:ナベブルトン男爵  投稿日:2018年12月12日(水)08時34分5秒
返信・引用
  デリンジャーに久保さん初めてご紹介して、呑んで帰った後、次に呑みに行くと、カモンちゃんがやたら、私に久保さんの事をあの人は誰?何者?ってひつこくひつこく聞いて来てたの思い出しちゃった。
写真見てカモンちゃん元気なのが分かるし、久保さんとも愛し合ってるのも分かる^_^
クリムゾン大阪1日だけ行くつもりが物足りなくて、2日目も当日券で行っちゃったら、2日目が断然良くて席も良いし、ガラガラ…^_^
でここの書き込みも何年振りか?
あの久保さん紹介してくれたブラック浦さんの事も思い出しちゃった!
話変わって共犯新聞にあるように、ボヘミアンラプソディーは、映画館で観た方がいいのかな?私は観る気がしないんですよ。全く世の中はフレディフレディって言ってるけど、おまえら、最近知ってって思ってしまう。
あれはロック聴いてるだけでキワモノな中学の時にキワモノ中キワモノのクィーン(大体バンド名ネーミン自体キワモノ)なんて出て来て、わあいなんだこの変態っなのが、カッコいいってなってハマってしまうわけで、今見ても懐メロでしかない。しかし映画は同世代からも評判がいいので、良いのかな?って行くべきか行かざるべきか、だって最近は息子に付き合って、アニメしか観ないから、一人で映画館に行かないとダメだし。寂しいし…
 

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