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  1. 足あと帳(1)
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戦車訓練場跡地の活用について

 投稿者:中山智夫  投稿日:2013年11月13日(水)11時47分23秒 zz20124235103dd7515e.userreverse.dion.ne.jp
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  小生は、一年間、富士宮の貿易研修センターで40年前に貿易実務を勉強をしたものです。現在は、航空機のリース会社(㈱アイ・ティー・シー・アエロスペース)を経営しております。その時に、何度も戦車訓練場跡地を見学しております。立派な跡地をみて、この跡地の有効活用がないかと常づね頭のどこかで考えてきておりました。

最近になって、弊社は、ドクターヘリとか、防災ヘリなどの仕事をするなかで、もし、この跡地(今は荒れ地となって未利用の状態かと思いますが)の利用方法として、民間の防災と遊覧飛行の基地として活用が出来ないものかと考えて、お問い合わせをさせて戴く次第です。基地として必要な敷地は、巾、30M、長さ400Mです。茲に、スイス・ピラタス社製のPC-6を駐機して、民間のPFI案件として、万が一の大災害の発生時に、このPC-6を活用して地域の救難・救助活動に使い、平素はPC-6を遊覧観光の基地として活用することをご提案申し上げる次第です。若獅子神社にとりましては、賃貸収益を享受戴けることから、神社の整備と維持費を賄うことにつながり、良い話かと存じます。神社殿のご検討を戴ければ幸いです。

弊方の連絡先は、中山智夫 電話03-3555-3621 e-mail: nakayamat@itca.co.jp

http://www.itca.co.jp

 
 

帰還戦車の見学について

 投稿者:管理人  投稿日:2013年10月25日(金)18時51分5秒 p21173-ipngn100304sizuokaden.shizuoka.ocn.ne.jp
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  ★若獅子神社 帰還戦車の見学についてお願い

 若獅子神社内に保存展示されています帰還戦車ですが、

×無断で展示柵内に入り、キャタピラを踏み台に車体上部へ
 登る心ない人がおり、キャタピラの脱落、車体の破損が発生
 しております。

×経年劣化で脱落しているキャタピラ等を無断で持ち帰る人
  がおります。

 以上は器物破損、窃盗にあたります。


以前は、若獅子神社関係者立ち合いのもと報道関係等の
方には帰還戦車内部の撮影等許可してきましたが原則禁止
となります。また監視カメラ等の設置も検討中です。

英霊の方々も見ております、心ない行為はやめましょう。
 

遠くなる戦争の記憶

 投稿者:伊東啓二  投稿日:2013年 8月16日(金)17時15分46秒 nz116.net219112171.thn.ne.jp
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  放映予定告知ありがとうございます。8/15日の試写会は本人としては大成功でした。取材した
皆さんにまず見ていただきたかった。今日は静岡新聞を見たと電話が多数あり、皆さん当時の思い出を語ってくれました。終戦後広場で米軍の指令のもと戦車が爆破処理されたこと、近くの「赤坂旅館」が慰問場になっていて両親と少年兵が憲兵に隠れて泣きあっていたこと。新たに話が広がっています。御視聴ありがとうございました。
 

Re: 旧陸海軍の階級?

 投稿者:KcTIliYrmxEteebY  投稿日:2013年 6月 3日(月)14時46分59秒 201.85.50.148
返信・引用
  > No.11[元記事へ]

This is what we need - an insgiht to make everyone think
 

サイパン

 投稿者:kimura  投稿日:2013年 5月19日(日)07時08分40秒 p031.net220148005.tnc.ne.jp
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  地元にサイパンゆかりの場所はないかとネットで検索。行き当たりました。仕事でサイパンにいた間、慰霊祭や遺骨収拾などのお手伝いをすることもあり、リゾートの側面だけでなく、悲しい歴史を背負った島だということを強く感じたものでした。慰霊祭の時の、戦死者のおこさんの言葉が忘れられません。出征の時、小さかった自分を
ただ黙って力強く抱きしめてくれたことを覚えていると。
若獅子神社にもいってみようかとおもいます。
 

五期生の悲劇

 投稿者:W・K  投稿日:2013年 5月13日(月)21時46分13秒 p3175-ipad602marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
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  少戦校に入校して僅か一年未満で急遽、各区隊の30㌫が甲種生徒として戦場に駆り出されたのが五期生である。甲種生徒で生き残ったのは僅か2㌫、その多くが戦傷者である。当時も戦後も「甲種」として選定された基準が問題となった。が「有り体に申せば」優秀であったからである。その代表者が「ルソンに生きた十七歳」の著者中山誉雄君である。筆者も戦場経験は数多いが中山君前では語る資格はない.「ルソンに…」は書店には無く、靖国神社偕行文庫にあるのでご高覧をお薦めしたい。
 

【サイパン戦車戦】を拝読し、

 投稿者:W・K  投稿日:2013年 4月 7日(日)00時01分37秒 p5020-ipad407marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
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  若獅子神社に御鎮座の戦車は申すまでも無く【下田四郎氏】及び関係各位のご尽力の賜物で篤く感謝致す次第であります。ただ、その由来と経過が意外と知られてをりません。斯く申す迂生もこの度表題の【サイパン戦車戦】同氏著・光人社発行の著書を拝読するまでは、単に「サイパン島から引き揚げられてきた戦車」と云った程度の認識しかありませんでした。茲に改めて、優先奮闘、戦没された英霊と、そのご尽力された関係者にお詫び申し上げ、同書が広く読まれる事をお薦め申します。W・K生  

飯食い競争

 投稿者:W・K  投稿日:2013年 3月28日(木)23時57分11秒 p6050-ipad601marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
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  少戦校在学時代、生徒の食事に臨席する教官が週番で交代したが、野戦経験者の教官は「早く食え」と指示し、未経験の教官は「ゆっくり良く咬んで食え」と云った。野戦では情況が千差万別なので、こう云った指示を上司から受ける事はないので助かった。食事の時くらいは本人の自由意志に任せるべきである。ところが平和な今日、企業が善意ではあるが、社員の私生活に干渉する事態が案外多く、定着率の低下を招いてる。当社の慣習である、と放置せず、良く説明し納得させた上で明示したい。注意すべき問題である  

少戦校教官桑原尚大尉墓地

 投稿者:W・K  投稿日:2013年 3月20日(水)01時52分27秒 p1077-ipad90marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
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  表題の通り少戦校最後の第一中隊長「桑原尚大尉殿の墓地が富士山が見える場所にある」との風評しか存じません。生前は確か北海道にお住まいでした。是非お参りしたいのですが、何方か墓地の名称・電話番号をご存知の方がいらっしゃいましたら、本「交流の場」ご連絡賜りたく宜しくお願い申し上げます。W・K  

97式戦車

 投稿者:W・K  投稿日:2013年 3月10日(日)16時32分39秒 p3151-ipad601marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
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  靖国神社・若獅子神社に展示されてる装甲板の薄い戦車が九七式であるのはご承知の通り。米国やソ連の戦車とは比べ物にならぬ、お粗末さである。元々この戦車は中国大陸で使用されるのを前提とした代物であった。地形不便で未装備・未訓練な中国軍相手には良かったが、米ソを相手には出来ない。その欠陥や必要を痛感しても、整備充足させる国力が無かったので「敵戦車の砲口を狙って撃て」など、不可能で苛酷極まる訓練が、この肉体に課せられた。結果はご覧の通りである。そういった無理や南方進出をしなくても、必要物資は北朝鮮の鉱山や、満洲(大慶油田)で事足りた(神のみぞ知る)事後判明は悲しい歴史である。  

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